建築家と建てる贅沢な注文住宅 - オープンシステム

大阪・笹下祥幸

30年前から住み替えを考えていた
「終いの住まい
 ふさわしい吉野の木の家」


吉野の木の家 奈良県 
■設計監理/祥設計室一級建築士事務所/笹下祥幸(ささかよしゆき)/大阪市
■写真/ハヤシヨシコ
■取材・記事/繁原稔弘


画像の説明

世間では「本当に気に入った家を建てられるのは3軒目」などといわれているが、よほど裕福な人でなければ、生涯で持つことができる家は1~2軒がせいぜいだろう。しかし、今のようなネットが発達した時代ならともかく、少し前までは、一般の人が建築や建築家についての情報を入手することは難しかった。
 
だが、そうした条件の中でも、あくまでも自分の理想とする家を求めて、情報収集と研究を欠かさない人もいた。今回紹介する阪田さんも、そんな人の一人。若い頃に予算の関係でとりえず購入した家に住みながら、将来の建て替えのために、住みやすさと快適さを追求・研究し続け、そして得た答えが「外張り断熱工法」だった。

外張り断熱工法は、ドイツ・北欧などを中心に欧米ではコンクリート建造物の標準的な断熱工法として数十年も前から使用されていたが、日本では内断熱工法が主流だったのことから、最近までは施工例は少なかった。

その外張り断熱工法を採用した阪田さんの「吉野の木の家」は、日本の風土に適した“新しい和の家”と呼ぶに相応しい住まいになっている。



「外張り断熱」の家を希望

高度成長期のまっただ中だった1970年代。収入も年々アップしていたこともあり、若くして家を購入する人も多く、関西でも鉄道の沿線に沿って次々と新しい造成地が造られ、そこに多くの人が住むようになった。

今回取材した「吉野の木の家」を建てた阪田さんもそんな一人。20代後半だった阪田さんは、結婚し子どもが産まれたことをきっかけに、ご両親も招いて一緒に住むことができる家を探し、奈良県西部に位置する近鉄榛原駅近くの標高300mほどの高台に設けられた現在の敷地を見つけた。「大阪市内まで通勤時間は約1時間半ほどでしたし、周囲には小・中学校や病院もあり、豊かな自然にも囲まれていて夏は涼しい。そして何よりも安かったので、すぐに購入を決めました」


画像の説明


だが予算の関係から建物は、宅地を造成したデベロッパーのプレハブ住宅を購入した。「とにかく安くて、すぐに入居できる家ということが最優先で、自分たちが思うような家は、次に建て替えた時に実現しようと思っていました」
 
それから30年近く月日が流れ、前の家が、とりあえず建てたことから使い勝手が悪かったことに加え、雨漏りがするなど建物の老朽化が進んだこともあり建て替えを決心。何事にも研究熱心な阪田さんは、自分が建てたい住宅に関する情報をじっくりと探し、その結果、外張り断熱工法に着目。「冬は水道管も凍るほど気温が下がる土地なのに、前の家は断熱性能が低くてとても寒かったので、何よりもまず『しっかり断熱した家を』と考えたからです」



最初から建築家への依頼を決心

しかし当時は、まだ外張り断熱工法の施工例が少なかったこともあり、効果があることは分かっても、誰に頼めばいいのか全く分からなかったという。
 
実績がある建築家を探すため、まず見たのが、自分の仕事にも関係する電話帳だったが、「あまりに数が多すぎて、誰が誰やら素人にはサッパリ分かりませんでした(笑)」。そこで次に、建築雑誌を見たが、それでもまだよく分からないことから、最終的には、ネットで外張り断熱工法を手がけた経験がある建築家を検索し、祥設計室一級建築士事務所を探し当てた。


画像の説明
35cmの段差が設けられた和室は、腰かけるのにちょうど良い高さ。


何故、最初から建築家に頼むことを決めていたのか? という記者の疑問に対して阪田さんは、「誰でも高価なものを買う時は、その性能について素人ではなくプロに聞くはずです。住まいも同じで、住むことを真剣に考えているのは、実際に現場を知る建築士だと思ったからです」。さらにその際、建築家と一緒になって家造りができるオープンシステムにも着目した。「建築家と一緒になって家造りができて、さらに費用が相当抑えられると知り、『これだ!』と思いました」
 
設計を依頼された祥設計室一級建築士事務所の笹下さんが「行動の素早さにはいつも驚かされます」と言うように、阪田さんの行動は素早い。「いきなり笹下さんの事務所に電話したので、最初は不審な声で応答されました(笑)」。そして1ヶ月後には事務所を訪れ、さらに奥さまを連れて再び事務所へ行くまでにも、そう時間はかからなかった。「正直に言って、最初は他に何カ所か回ろうかとも思っていたのですが、笹下さんにお会いしたら信用できる人だと分かったので、結局、1件しか行きませんでした」



家造りの注文はわずか3つ



画像の説明
この家の設計にかけた熱い思いを語る阪田さんご夫妻。


いろいろと家の研究を続けてきた阪田さんだが、外張り断熱工法の他は、終いの住まいになることを考えて高齢化した時のためにバリアフリーにするのと、奥さんの部屋を確保して欲しいという必要最低限な条件以外、具体的に設計に当たって出した注文は、「吊り棚はいらない」「出窓はいらない」「床下収納はいらない」のわずか3つだけだった。

「何を買うにしても、せっかく専門家に頼むのですから、素人がゴチャゴチャ言うより、お任せした方が絶対にいいものができるはずですから」と阪田さんは笑みを浮かべながら言う。ちなみに、床下収納がいらないのは、あっても物入れになるだけで使わないためで、吊り棚に至ってはさらに邪魔になると思ったから。また出窓は、前の家で雨漏りしたので絶対に嫌だったという奥さんの意見があったためだった。もちろん、それらの注文は「予算は、都合がつく3000万円まで」という、現実的な制約を話した上で出されている。
 
それらを受けて設計にかかった笹下さんは、3ヶ月後に設計案を3点ほど提出。そのうちに1つを気にいった阪田さんご夫婦は、息子さんの部屋を3畳から6畳に大きくするなど微調整してもらって、実施設計にGOサインを出した。
 
そして数ヶ月後、「敷地があるのは吉野ということもあったので、最初から木と土を使うことしか考えていませんでした」と笹下さんが言うように、外張り断熱で高気密、高断熱、計画換気、自然素材をたっぷり使った現在の家の設計図ができあがり、着工が決まった。


画像の説明



1年以上前から製材所に木材を発注

笹下さんは、着工にかかる1年も前に、阪田さんご夫婦を榛原から6㎞ほど西に位置する橿原市にある、以前から付き合いのあった大津木材さんのところへ誘った。自宅を造る材料が実際にどのようなものであり、どのようにして造られるのかを実際に見てもらい、納得してもらうためだ。そこで出会った大津社長の吉野の木に関する熱い思いを聞き、柱や梁など主要な部材を一任することに決めたという。
 
最初はコストの問題から杉だけを使うつもりの阪田さんだったが、桧の良さと「任せていただければ予算内で必ず納得していただける桧を探します」という大津社長の説得により両方使うことに。日本の伝統的な数寄屋づくりのように、「ある厚さの桧なら年輪が何本まで」と言うように限定されたものだけを要求された場合は、桧を使った建築費は坪単価で100万を超えることも珍しくないが、見た目ではなく実際の性能を重視すれば、阪田さんのお宅のように坪70万円ほどでも何とかなるものだという。


画像の説明
書斎には阪田さんの書棚がセットされ、本がぎっしりと並んでいる。
ここも前から欲しかった空間だという。


「ただし最低でも、注文に合う木を探すために1年以上の期間は欲しいですね」と大津社長。さらに欲をいえば、数年の期間があれば、よりいい材料が見つかる可能性があるというが、実際に家造りにそれだけの時間をかけるのは、なかなか難しいのが本当のところだろう。阪田さんの家の8寸(24㎝)の桧の長さ6mを超える通し柱の存在感をはじめ、床や天井に使われている素材を見る限り、それはあくまでも木材の専門家が願う“欲張り”というものかもしれない。



家族が協力して焼杉を製作

阪田さんの家は、榛原地域の主要幹線である国道369号から少し奥まった住宅地の一画にあり、背後には鬱蒼とした杉林がある緑豊かな場所。そうした自然に囲まれた景観に、竣工して4年が過ぎた家は自然ととけ込んでいる。
 
その理由は、外壁に使われている、今では見ることが少なくなった焼杉のせいだと気付いた。焼杉は、杉を炙って炭化させたものだが、杉板が腐食しにくくなるだけでなく、非常に丈夫な外壁材となることで知られている。しかもここの焼杉は、単に表面をバーナーで焼いているだけでなく、1枚1枚を阪田さんの息子さんたちが中心となって、関係者一同が全員で協力して手焼きしたものだけに、その性能が遺憾なく発揮されているという。


画像の説明
白い壁と黒い杉板が美しいコントラストを生み出している外観。

 
「手焼きにしよう」と言い出したのは阪田さんだった。大津社長は、「手焼きにしたいと最初に提案された時は、私どもでも、最近では全くやったことが無かったので、どうしたもんかと悩みました」。しかし、バーナーで表面を焼くだけでなく手焼きをして燻すことで、杉が持っている本来の強さが引き出されることを知り決断。

そして工事の途中、2003年6月に笹下さんの音頭取りで、家族をはじめ関係者一同が全員揃って大津社長の製材所に集合。阪田さんが用意した肉でバーベキューを楽しみながら、全員が代わる代わる1枚ずつ杉を焼いて行った。「実際の作業では、その焼いた杉板を磨くのが一番大変だったのですが、黙々と息子さんたちが作業していたのが印象的でした」(大津社長)。
 
だが初めてのことだっただけに、実際に施工に使用できるだけの枚数は1日では完成せず、後は大津社長のところで完成させたという。「今回、阪田さんのお宅のために手焼きで焼杉を造ったことが経験となって、その後、他の家でも使わせてもらうようになりました」


画像の説明  画像の説明
建てられてから4年の月日が流れ、渋さを増した外壁の「杉板」。
猫好きの阪田さんに合わせて「猫の足跡」も焼き付けられている。



在来工法の良さを引き出す

工事は、敷地が冬場は水道管が凍ることもあるため、施工に支障が出ることを避けて、2003年春から秋まで、ジックリ半年をかけて行われた。そうして完成した家は、まさに吉野に相応しい木と土の家だった。大工工事を請け負った岡本工務店の岡本社長が「いい勉強になりました」というように、なかなかこれだけ本格的な在来工法の家は数少ないという。

大きな1枚板の玄関を開けて屋内に入ると、無垢の杉材の床と手塗りと分かる本漆喰の白い壁に囲まれた明るい空間が広がり、微妙な凸凹が何ともいえない味を出している。「のりを炊く昔ながらの工程で作業してもらったのですが、左官職人さんが腕をふるって下さいました」と笹下さん。しかし、その丁寧な仕事ぶりのおかげで、築後約5年を経過しても、まだ新築の輝きを失っていない。


画像の説明  画像の説明

 
部屋を眺めているとそこに1匹の猫が顔を覗かせた。それまで屋内で猫を飼っていることに全く気がつかなかったが、それは呼吸する素材である漆喰が猫のにおいを吸収しているからだろう。
 
さらに、外壁用の焼杉で焦げ目が濃いため外壁での使用を見送ったものを1階のトイレの内側に使っているが、猫のトイレを置いていていても、ほとんどそのにおいが気にならないのは、焼き杉の強力な吸収力のためだという。



高い断熱効果が快適な空間を実現

玄関から直接に奥の部屋は見えないように設計されているが、手作りの引き戸を開けて中に入ると、吹き抜けのリビングとキッチン、その奥に和室がある大空間が。そこに置かれたテーブルや食卓、収納付カウチも家と同じ無垢の杉材で造られたオリジナルのもので、桧の床材や杉の天井、白い漆喰壁と一体感のあるデザインが、空間の魅力をさらに高めている。
 
さらに、取材したのが厳しい寒さだった日にも係わらず、その大空間が暖かい空気に満たされていることに気付いた。聞けば暖房は、床下に2つ、室内に1つあるオイルヒーターだけだと言うが、それでも十分に暖かいのは、やはり外張り断熱工法のおかげだと納得できた。

「バリアフリーに」という要求のとおりに玄関から中まで全く段差は無いが、奥の和室だけは35㎝の高さがある。しかし、これは発想を変えたバリアフリーで、腰を下ろすと椅子のように座れ、そのまま楽な姿勢で和室に上がることができる、ちょうどいい高さである。「中途半端に段差をつけると躓いたりしますが、これだけ高いとそんなことは無いですし、動きに無駄が無いので、真のバリアフリーを考えると、こういう設計になりました」と笹下さんは説明する。しかもさらに、その下の空間を活かして収納も設けられ、使い勝手も向上している。


画像の説明
熱の損失の大きい窓際には、床下の暖気を室内に送り込むために、
床板の一部に穴が開けられている。


その和室の天井の杉材は、もともとは床材だった27㎜厚のものを使用しているというだけに重厚感があり、ところどころに見られる節がいいアクセントとになっている。
 
一方、1枚の壁に隠れるように設けられたキッチンも、家具と同じで完全オリジナルキッチン。機器こみで約230万円(税込み)かかった別注のステンレス製で、高さや電子レンジの置き場所など、細かいところまで自分たちの使い勝手を考えて、ご夫婦がリクエストして完成したものだ。
 
実際、対面式の両側に2つのシンクを設けたり、食卓側のシンクはスイカを冷やすことができる深さにものにしたりなど、まさに世界に1つしか無いオンリーワンのキッチンになっている。「ただし収納に関しては、笹下さんが『引手にすると収納部分が浅くなって収納能力が落ちるので、ハンドル式にした方がいいですよ』と忠告してくれたのにも係わらず、それを採用しなかったのだけは、後悔しています」と阪田さん。
 
こうした注文が叶うのも、オープンシステムを利用した注文住宅だからこそ。「まさに背広のオーダーメイドと同じで気持ちいい。キッチンは絶対にオリジナルにすることを勧めます」



ネズミや白蟻対策も万全



画像の説明


「百年持つ家を目指した」という阪田さんの想いが叶った住まい。確かに木は湿度さえ気をつければ、同じ奈良県内にある法隆寺のように鉄を凌ぐ長寿の家となる。だが、このようにいいごとずくめのような木と漆喰の家だが、ネズミや白蟻などの天敵がいる。特に阪田さんの家のように、山がすぐ裏にある家は野ネズミが進入してくる可能性がある。
 
そこで笹下さんは、まずネズミ防止のために全く通気口を設けないでいい基礎外断熱工法を採用。また白蟻に対しては、家の中に入らないように基礎部分に防蟻シートを引くことで進入を防ぐようにした。
 
さらに、通常ならば床下は300㎜にするところを人が進入できるように400㎜の高さにし、1階部分に2カ所、床下への入り口を設け、定期的に目視による確認を行えるようにもしている。これにより万が一のネズミや白蟻の進入も早期発見が可能だ。

これらはどれも複雑な機構を用いずとも効果抜群の手法である。「シンプルなやり方でないと現場で施工できませんから、できるだけ簡単で安心できる方法を考えました」。施工費や建築基準法の問題があるため、どこの家でも採用できる方法ではないが、百年持つ家を目指すなら、天敵となるネズミや白蟻を防ぐためには、単純ながら有効な手段といえるだろう。


画像の説明

 
こうして隅々まで木を配って完成した吉野の木の家だけに、予算は当初より700万ほどオーバーしたが、「終いの住みかと思っているので、納得しています」と阪田さんは言う。

「その土地に合った家を造りたい」。そうした思いで設計された吉野の木の家。かつて日本の住まいが、その場所の気候や風土に適して造られてきた歴史に再び日の光を当てた家でもある。そしてそこに近代的な技術を加えることで、本当の意味で日本の風土に最適な“新しい和の家”が完成したのだと強く感じた。




画像の説明 画像の説明




吉野の木の家 奈良県 
■設計監理/祥設計室一級建築士事務所/笹下祥幸(ささかよしゆき)/大阪市
■写真/ハヤシヨシコ
■取材・記事/繁原稔弘



powered by Quick Homepage Maker 4.91
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional