建築家と建てる贅沢な注文住宅 - オープンシステム

福岡県/黒土敏彦

分離発注 疑似体験 後編

顔が見え 価格が見え
品質が見えた 家づくり


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高気密・高断熱・オール電化で 光熱費が4万円も安くなった!

家が完成して1年過ぎた。家計簿から光熱費を抜き出して以前の家と比べてみた。すると、1年間で4万円の光熱費が浮いていた。


グラフで表すと以下のようになった。
左が以前住んでいたとき、右が新しい建物に入居してから。
左の棒グラフは下から電気・ガス・灯油。右はすべて電気。


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月々の光熱費を数字で比較すると以下のようになった。
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以前の家は、鉄筋コンクリート5階建ての共同住宅だった。その1階にSさんは住んでいた。間取りは3LDKだったから、たぶん70㎡くらいの床面積と思われる。新しい家は床面積100㎡で、ロフトがあり、天井も高い。室内の体積は、おそらく以前の家の2倍はあるだろう。

それなのに、光熱費が安くなった。高気密・高断熱・オール電化の効果と思われる。蓄熱式暖房機具とエコキュートも影響しているかもしれない。ちなみに、以前と今、生活スタイルはほとんど変わらない。ご主人はサラリーマンで、奥さまは専業主婦。唯一違うのは、二人目の子供が生まれたことだ。




設計料・工事費以外の 必要な費用を把握しておこう!

家づくりは、人生最大のイベントだ。近隣へのあいさつ回り、地鎮祭、上棟式、登記、引越……。見積書には記載されないけれど、人生最大のビッグイベントには、数々の必要な出費がある。奥さまの承諾を得て、貴重な家計簿から、Sさんの家新築に伴う出費をすべて抜き出した。

これから家をつくる人、必見の資料である。家計簿は、凄い。と言うより、奥さまが凄いのだ。じっくりとご覧あれ。


奥さまが記録した「新築に関する出費」

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鋼管杭の厚さを測定。     建ち前の日のお供え物。


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梁の上を軽々と歩く鳶(トビ)職人。凄いですね。


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餅まきに集まってきたご近所の人たち。


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大きな木槌を振る大工さん。


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瓦を敷く準備。


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いかがでしたか? 奥さまは偉大ですね。



元請け業者を介さず 直に専門業者と契約

設計を終えると、やっとひと安心ですが……。この家は、ここからが正念場。創建工房一級建築士事務所の黒土さんは、Sさんの希望もあって、元請け業者を介さず直に専門業者と契約する方式(オープンシステム)で進めていた。

この方式は、専門的にCM(コンストラクション・マネジメント)方式という。そんな大胆なことができるのだろうか。建築業界が大騒ぎするのではなかろうか。一般の人は驚くかもしれない。

しかし建築の専門家は、その良さをすぐに理解する。昔は、そうやってつくったもの。もしそれが可能なら、建築主にとっていちばんいい方法だと。

分離発注を伴うCM方式は、建て主が直に専門業者と契約するため、元請け・下請けの関係が存在しない。建て主には、建築の価格が見え、職人の顔が見え、品質監理の過程もすべて見える。

Sさん夫妻は、CM分離発注方式を知り、黒土さんの「住まい・生活設計研究会」へ参加し、メリット・デメリットも十分理解した上で依頼した。



58業者に呼びかけて、 53業者が参加した見積もり

かねてより設計に取り掛かっておりました『Sさんの家』が、いよいよ見積もりを開始する時期となりました。つきましては……。

建築士の黒土さんが、専門業者に見積もりの参加を呼びかけたFAXである。
案内を出した業者は、29業種58社で、53社が見積もりの参加を希望した。
一つの業者が二つ以上の業種を見積もるケースもあるから、延べ79通の見積もり書が提出された。

次に黒土さんが行なったのは、見積もり方法の説明会である。創建工房一級建築士事務所で個別に説明した。この時点で大事なのは、それぞれの業者に「見積もりの条件」を正確に伝えることである。黒土さんは、業者が勘違いしないよう「見積もり要綱書」を作成し、書面で説明した。




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見積もり要綱書には、質疑や回答の方法、見積書の形式、提出期限など20項目ほどの説明を記している。見積もりの条件を変えると、見積もり金額も変わるからである。そういう意味で、設計図面がしっかり整ってないと、正確な見積もりは算出しようがない。

例えば、建具1枚見積もるにしても、大きさ、材種、厚み、デザイン、長番、取手などすべて記してなければ、見積もることはできないのである。

黒土さんは、『Sさんの家』で、33枚の設計図面を描いた。配置図、平面図、立面図、断面図、建具、家具、各種詳細図、構造図、設備図などである。そして黒土さんとSさんは、79通の見積もり書を丹念にチェックし、24業者と工事請負契約を交わした。


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集まった見積書



見積もり・工事請負契約で 特に大切なポイントは?

建築士の黒土さん、このような分離発注方式で行うのは、Sさんの家が初めてだという。たとえ一級建築士でも、経験の無い者がいきなりできるのだろうか? 黒土さんに聞いた。

―――よくこれだけの専門業者が見積もりに参加しましたね。

先輩たちのおかげです。福岡の地域にも分離発注を行う設計事務所の会があって、専門業者の情報を共有しています。

―――分離発注方式を専門業者はすぐに理解できましたか?

「施主の直営」と言う方がよく分かるようです。それだと昔は普通に行われていましたから。

―――業者の反感はありませんでしたか?

どちらかというと、みんな興味を持って、いっぺん参加してみちゃれ、という感じでした。反感というより、むしろ、こんな方式がもっと広まればいいのに、という声が多かったように思います。

―――初めての分離発注で、不安はありませんでしたか?

分離発注を行っている設計事務所と勉強会を持ったり、意見交換したりしています。福岡にも経験豊富な建築士がいて、聞けば何でも教えてくれます。だから、不安はありませんでした。


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撮影の日、建築士の星野信治さんが駆けつけて来た。星野さんは、九州地方で最初に分離発注を手がけた建築士である。これまでに何度か新聞や雑誌で取り上げられた経験があるので「雑誌は、カメラマンだけでは補えきれないところが出るから」と、建築士でなければ気がつきにくい細部を自ら撮影していた。後輩を思う先輩の気持ちが伝わってくるシーンだった。(記事の一部に星野さん撮影の写真を使用)
写真は、黒土さんが相談にのってもらった分離発注を手がける建築士仲間。左から峯正浩さん(唐津市/みね建築工房)、星野信治さん(福岡市/ワード設計)、薬師寺英樹さん(北九州市/プランニング・リニュー建築設計)

―――専門業者の見積もりや契約で、特に気を付けなければならないことは?

契約に至らなかった業者への配慮だと思います。選ばれた業者へは契約の案内を、選ばれなかった業者へは見積もり結果の報告をしました。




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―――建て主と専門業者の契約書は、誰が作成するのですか?

専門業者は、契約書をつくることに慣れていませんから、設計事務所で作成します。専門業者は、契約会に印紙と印鑑を持って来るだけです。


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黒土さんが作成したそれぞれの専門業者の契約書

―――金額の調整は順調に進みましたか?

思ったより順調に進みました。予定価格より若干オーバーしましたが、Sさんと協議してグレードを下げず、この内容で進むことにしました。
それよりも、工務店の見積もり参加、というハプニングがありました。



勝てるわけないと辞退 ところがもう1社は……

Sさんは、黒土さんと契約を交わす前、住宅会社の展示場にも足を運んでいた。住宅会社は、Sさんの依頼した黒土さんの設計が、そろそろ終わる頃ではないかと声をかけてきた。
 
Sさんは、分離発注で工事を行う予定であり、専門業者から直に見積もりを集めていると説明した。すると、その住宅会社は、あっさり引き下がった。
「専門業者から直に見積もりを取れば、こちらがいくら頑張っても勝てるはずがないからね」

ところが1社、やる気満々で向かってくる工務店があった。工務店に見積もってもらうこと自体、特に問題はない。分離発注の効果が果たしてどれくらいか、それを確かめるにはちょうどいい機会でもある。Sさんは黒土さんと相談し、見積もってもらうことにした。

出てきた金額は、分離発注で見積もった金額に比べて、約300万円オーバーしていた。その旨を工務店に伝えた。Sさんも黒土さんも、工務店はてっきり納得すると思っていた。ところが……。

次にもってきた見積もり書は、な、な、なんと300万円もの値引き。

―――で、どうされたのですか?

かえってその工務店が怖くなりました。工事が始まったら、何をされるか分かりませんからね。




黒土さんが一覧表にした業種ごとの見積り比較。
文字が小さくて申し訳ありません。


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建て方の最中に 慌ててかけたカンナ

先輩建築士の助言があるとはいえ、初めてのことは、やはり不安である。今日は、Sさんの家の工事最大の山場、建て方の日である。

既に前日から木材が運ばれていた。基礎のボルトもチェックし、土台も上手く固定された。ここまで順調にきた。ところが、昨日あれほど念いりに検品したのに、気が付かなかったのである。が~ん! どうしよう。

カンナがかかっていないのだ。Sさんの家には、梁材を含め水平方向に使用される材木が全部で55本ある。そのうちの13本にカンナがかかっていないのである。普通の家なら何ら問題はない。建物が仕上がったら、隠れてしまうからである。

だが、この家のように梁や柱の木材を部屋内に見せるデザインは、カンナをかけなければ、まるで山小屋だ。プレカット工場で、あれほど念を入れて確認したのに……。とほほ。しかし、大工とは頼りになるものだ。棟梁が現場に自動カンナを持ち込んでいた。


「よし! わしがカンナをかけちゃる」


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建築現場ではいろんなことが起き、建築主の知らないところで処理される。しかし、オープンシステムの場合は、すべて建築主に報告される。見方を変えたら、建築主が工務店の社長のようなものだ。もちろん、この家の工事だけに限定された臨時の社長ではあるが。


黒土さんは、「監理者」として工事の主要な部分を検査し、すべて書面でSさんに報告した。「監理者」とは、設計図面と工事に食い違いがないことを確認(検査)する建築士のことである。

この段階(建て方)で黒土さんが「監理」しSさんへ行った報告は10項目に及ぶ。ちなみに、床面積100㎡を超える住宅は、建築基準法・建築士法で書面での監理報告を義務付けている。Sさんの家は、99.37㎡だったが、Sさんと黒土さんは、品質を確保するために厳密な監理を行なうことにした。


建て方の日までに行なった工事監理の項目
・地盤調査の必要を判定するための事前調査(目視)
・地盤調査報告書の確認
・建物の位置と高さの確認
・杭心検査
・基礎の掘削深さの確認
・基礎砕石の厚さ、転圧の確認
・基礎墨の確認
・基礎鉄筋の確認(種類、太さ、間隔、継ぎ方、型枠との空き等)
・アンカーボルトの確認
・コンクリートの配合を確認


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騙されなくてよかった! モニター価格の薪ストーブ

疑ってばかりだと何もできないが、商品の売り込みは巧妙にアプローチしてくる。オレオレ詐欺のように、騙される人もいる。

「お得なモニター価格」
「只今、キャンペーン中」
「本体無料、取り付け工事費だけの負担」

基本設計中、Sさんは薪ストーブの導入を真剣に考えた。きっかけは、業者からの「モニター価格」だった。

薪ストーブ本体は無料。
ネスターマーチン社製S33(12,000kcal/h 130㎡対応)
設置工事費(煙突工事費含む)のみ有料、48万円。

しかし、相談された黒土さんは、薪ストーブを導入した経験がなかった。それが、幸いした。黒土さんは、分離発注を行う全国の建築士にメールで相談した。すると、すぐに反応があった。

黒土さんは、全国の建築士からのアドバイスを逐一Sさんに報告した。もちろんSさんは、モニター価格に釣られて、判断を誤ることはなかった。

―――ところで黒土さん、分離発注を行う全国の建築士とは?

約200の設計事務所が参加している全国的な組織です。分離発注に関する様々な研究を行い、会員で情報や技術を共有しています。



分離発注を行う建築士から届いた、薪ストーブのアドバイス

バーモントキャスティング社のアンコールという製品を輸入しました。本体と二重煙突の他に小道具も含めて47.5万円でした。施工は屋根との収まり部分だけ屋根屋さんに頼みました。(3.6万円)あとは私と建築主さんで行いました。本体の搬入は、大工さんたちに手伝ってもらい、6人がかりで行いました。159kgもありました。

そもそも、九州で薪ストーブが必要なんですか? 薪ストーブは、10度以下の気温が数十日もある地域で効果が出ると思っていました。

昨年初めて薪ストーブを設置しました。本体(鋳物製)7.2万円、煙突(ステンレス二重、艶消し)12万円、ファイヤーセット・薪バスケットなど0.9万円、ホンマ製作所から購入しました。施工は、私と建築主と板金屋で行いました。板金屋へ支払った手間賃は1.5万円だったので、合計21.6万円でした。

薪ストーブは奥が深く、うまく設置してあげれば、ほとんどの人はとりこになってしまいます。昨年、ホンマ製作所のものを採用したのですが(価格が安い)、やはり輸入品の方がまだ優れていると感じました。きちんと断熱された家では、できるだけ小さいカロリーものでないと暑すぎて後悔します。

8年間で6棟に設置しました。はじめは広島県内製の鉄板ストーブでしたが、現在はエフェルのハーモニーベータを採用しています。一例を紹介します。最大能力6,800kcal/h 暖房可能面積21坪、定価24.5万円。ストーブ本体、煙突、付属金物の値引きは2割程度。工事費、書経費は10万円以下です。どのくらいの空間容量なのか分かりませんが、断熱をきちんと施した住宅では、能力過剰だと思います。



記者が取材を通して感じたこと

「仮に金額の差がなくても、しっかりプランを検討し監理ができた分、得だと思います」

こう言い切るSさんは、とても賢い人だと思いました。気密性、断熱性を重視した上で、構造材を現し、自然素材で仕上げる、という方針は大正解だったと思います。おそらく100年はびくともしない家でしょう。

「いいですねえ、Sさんの子供も孫もひ孫も、家のローンを組まなくて済みますから、きっと100年後、ゆたかな暮らしを実感していると思いますよ」

こうお話しすると、Sさん夫妻の顔が、いっそうほころびました。

さて、建築士の黒土さんにとっては、初めての「分離発注」でした。多少のドタバタはありましたが、大きな問題もなく無事完成しました。黒土さんは、建築士(設計・監理者)としての基礎能力がとても高いと思いました。
 
で、黒土さん、あなたをビビらせて、「もう終わり」と思わせたお父さん、最後はどうなったのですか? こう質問したら、Sさんと黒土さんから同時に返ってきました。

「お父さんがいちばん喜んだみたい」とSさん。

「竣工式のとき、お父さんがぼくにお酒を注いで、ありがとうって深く頭を下げられた時、じ~んときました」と黒土さん。




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■設計監理/創建工房一級建築士事務所/黒土敏彦/福岡県糸田町
■撮影/ティエムフォート
■取材・記事/山中省吾





追伸
建築家と主夫の兼業、黒土さん、かっこいいですよ。
こつこつと地道に積み上げていく姿にいつも敬服しています。
福岡へ行くときには声をかけます。元気の源をください。

では・・・。



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