秋田・加藤一成2
建て主が積極的に参加すると
家は絶対に良くなる!
■ご主人―――
建築家の加藤さんが、私の思いを上手く感じ取ってくれました。次の打合せの時、ちゃんと図面に反映されているのです。
■奥さま―――
私は、まったくノータッチでした。ぜんぶ主人に任せる方が、絶対いいものができると思っていました。
■設計・監理者―――
Sさんの考えは、とても柔軟でした。打ち合わせる度にいい建物になっていきました。やはり設計は、建て主と建築家のコラボレーションだと思いました。
多くの住宅業者は作業効率を優先して
要望をできるかぎり単純化しようとします。
建て主の「複雑な思い」まで単純化しようとするのです。
建て主の要望を伝えるのは難しい
「どんな家?」と訊かれても……。
それを的確に伝えるのは、案外難しいことです。既に完成した目の前にある家を誰かに伝えるのだって簡単ではありませんから、これからつくるまだ形のない家は、なおさら難しいと思います。
工務店やハウスメーカーの言う、「自由設計」「注文住宅」とは、建て主の要望通りにつくれるという意味です。しかし、建て主が要望を伝えることも、建築士が建て主から要望を引き出して整理することも、実際はとても難しいことなのです。
そこで多くの住宅業者(工務店やハウスメーカー)は、作業効率を優先して、建て主の要望をできるかぎり単純化しようとします。建て主の「複雑な思い」まで単純化しようとするのです。いわゆるチェックシートなどを用いて。
「洋風ですか、和風ですか? 2階建てですか、3階建てですか? 子供室は何部屋ですか? それから、広さは何帖ですか?」と。
建築業者の側はそれでいいかもしれません。単純化するほど作業効率は高まるのですから。それと、いざという時に言い訳だってできます。「あなたの要望通りにつくりました。チェックシートに記録してあります」と。
だけど、建て主には、単純化できない複雑な思いもあります。それが家づくりだと思います。建て主の要望は、学校の試験のようにそう簡単に答えを一つに絞ることはできないのです。
だから、あっちに行ったりこっちに来たり、2転3転、いろんな角度から検討していいと思います。回り道をしても、要望を簡単に諦めるのではなく、何故できないのか、できない理由を確認するのも大事なことだと思います。
周波数が合わないと、何も伝わらない
―――Sさんは、どのようにして建築家の加藤一成さんを知ったのですか?
加藤さんを知ったのはインターネットです。いろいろ調べていたら加藤さんのホームページに辿り着き、そこで知った無料セミナーに参加したのがきっかけでした。
―――加藤さん、Sさんの印象はいかがでしたか?
髪を伸ばして鬚をたくわえ、とても印象に残る風貌でした。後に同じ高校の後輩だと知って驚いたのですが、人はどこでどう繋がっているのか、分からないものですね。
―――Sさん、最終的に加藤さんに依頼した理由は何ですか?
「ハウスメーカーだと既製品の枠から抜け出せない気がしたし、工務店だとこちらの思いをちゃんと受け止めてくれるか分からないと思いました。周波数が合わないと、いくら発信しても何も伝わりませんからね。そこで、やっぱり設計事務所かな? と。これまで加藤さんの設計した住宅は、デザイン的にも好きな部類だし、分離発注という考え方も自由で合理的で、私に合っていると思いました。
本当のドラマは静かに淡々と進む
Sさんと加藤さんに訊きました。
「家づくりの過程で、ドラマとかエピソードは?」
Sさんと加藤さんは目を合わせて考えました。
「う~ん。特にこれといったドラマは……」
「設計と監理に約1年間。いろいろあるのがふつうですよね。先月取材した福岡の住宅は、エピソードの連発でした。ドラマ性に富んでいる方が、面白い記事になるんです」と、記者もつい本音をぶつけてみたのですが、二人の反応はいま一つでした。
「そういえば…」と、加藤さん。
「完成間際、もの凄い風が吹いて、足場が建物に当たるほどでした。あの時は寝られなくて、夜中に現場を見に行きました」
「他には?」
「う~ん。……」
実は、ドラマ性に富んでいるほど面白い記事になる、と思ったのは私の浅はかな考えでした。本当のドラマは、情熱と努力を内に秘め、日常生活の中で静かに淡々と進むもの。気が付いた時に、大きな仕事を成し遂げていれば、それこそが本当のドラマなのだと思いました。Sさんの家づくりには、それがありました。
出会いから完成まで家づくりの日常を再現
厚さが数センチもある2冊のファイルがあります。一つは設計中の打合せ記録を綴ったもので、もう一つは工事中の監理記録を綴ったもの。加藤さんが綴った、Sさんの家の記録です。
この記録を辿っていくと、いろんなことが見えてきます。個性的なSさんの家も、最初は大雑把で平凡でした。それが打ち合わせを繰り返す度によくなっていきました。
設計は、一瞬の閃きで生まれることがあるかもしれません。しかし、多くは地道でこつこつとした作業の繰り返しから出来あがります。まさに建て主と建築家の共同作業です。
近所の土地を買うことになって、急に思い立ったSさんの家づくり。加藤さんのセミナーに参加したのは05年10月16日で、完成したのは06年12月15日でした。
出会いから完成までの約1年間。Sさんと加藤さんの設計に関するやりとりを再現することは、これから家をつくる建て主にとって、けっして無駄にはならないと思います。
「打合せ会議録」と「工事監理記録」の2冊のファイル。「打合せ会議録」は、Sさんとの出会いから、建物の構想、基本設計、実施設計、見積もり、業者選定の記録が綴られている。「工事監理記録」は、建築士の加藤さんが、工事現場でどこをどんなふうにチェックしたか、そして業者に何を指示したか、Sさんへの報告書が綴られている。
シンプル。機能的。開放的。寒くない。箱のような住宅。塗ったり、詰まっていたりするものが好き。
始まりは1通のeメールから
05年11月30日。加藤さんに1通のeメールが届きました。Sさんからです。
こんにちは、10月16日のセミナーを聴講したSと申します。その節はお世話になりました。もう一度お話を伺いたいと思っております。12月3日の相談日にお伺いしたいと思っているのですが、加藤様の返信をお待ちいたします。
加藤さんは、あまり積極的な営業活動を行わないようです。eメールはSさんが加藤さんのセミナーに参加してから、既に1ヶ月半も経っていました。
初回の個別相談、まずは現状の把握から
eメールから3日後の12月3日。加藤さんは、Sさんの個別相談に応じました。その時の内容について、打合せ会議録には次のように記されています。
・ご実家の近くでアパート住まい ・夫婦と2人の子供 5才女の子、0歳女の子 ・奥さま、ご実家が○○の近所 ・土地を見つけた(押さえた) 142.69㎡、43坪 ほぼフラット、道路6m ・第1種住居地域 ・準防火地域 ・現在のオフィスはご実家で 建築地まで歩いて1~2分 ・倉庫スペース → 物が多い、収納、物を出さない生活がしたい 物を隠したい、商品の在庫、納戸の大きいもの ・車2台、子供の自転車、タイヤ → ビルトインガレージ ・シンプル、機能的、開放的 ・寒くない ・箱のような住宅 ・塗ったり、詰まっていたりするものが好き
Sさんは、初回の相談会で、主に現在の状況を説明しました。加藤さんも敢えて深くは訊いていません。この時点では、互いに初対面に相応しい距離感を保っています。
キャッチボールの第1投は敷地の感想
積極的な営業を行わない加藤さんですが、Sさんの個別相談に応じた後の行動には素早いものがありました。12月5日と7日に、敷地を見た感想をeメールで報告しています。報告の内容を要約して紹介しましょう。
敷地を見させていただきました。場所や雰囲気は、予想していた通りでした。敷地を見て気付いたことをいくつか。
・電柱がある。車の出入りの位置が制限されます。
・敷地の東西に高低差があります。目測で60~70センチ。
・北側の住宅、外壁が近い。民法で50センチ以上の離れが必要。
・西側の住宅の庭、目測で100センチくらい高い。
・北側の住宅の庭、目測で40センチくらい高い。
多少の高低差や電柱の件もありますが、ごく普通に考えますと、南と東に道路のある条件の良い敷地と考えてよいと思います。ただ、古くからの住宅地の中ですので、周辺にドラマチックな要素や決定的な設計のよりどころになるものがありません。例えば、家の前が川とか公園とか、何か美しい風景が見えるとか……
このような場合は、住宅そのもののコンセプトが必要だと思いますので、その意味では難しいかもしれません。外部環境を積極的に取り込むというよりは、一つの住宅として完結させる方向かな、などと漠然と考えています。
先日はおいしいワインありがとうございました。その日のうちにいただきました
こうやって、Sさんと加藤さんの間でeメールのキャッチボールが始まりました。
建築地を更地の状態で見たSさんは、「ちっちゃっ!」と感じた。建築士の加藤さんは、敷地の高低差や、隣地との段差に目がいった。平坦に見えるけど、敷地全体で数10センチの高低差がある。まず建築上の障害を確認し、それから周囲の状況を確認した。出来た建物は、建ぺい率も斜線(高さ)制限も、それから民法上の隣地との空きも、ぎりぎりにつくった。
見える景色は白く高い壁と空
12月7日。個別相談からまだ1週間と経っていません。加藤さんから投じられた球を受け取ったSさんは、すぐに投げ返しました。
周囲の環境を見て、私もそのように考えておりました。玄関ドアを開けたら別世界というか、隔絶された空間というか(奇抜とか装飾がなされているという意味ではなく)そんな家がいいかなと。もちろん機能を重視した上でありますが。例えば、リビングの大きな窓の外は広いバルコニー。景色は白く高い壁と空しか見えない。(実際には電線とかが見えてしまうでしょうが)
まだまだ漠然とではありますが、頭の中で少しずつ形になってきたような気もします。とりあえず明後日、土地の契約があります。加藤さんのご都合のよいときにまたお話を聞きたいと考えています。
追伸、ハンガリーワインですのでお口に合うかどうかと思ったのですが、喜んでいただけましたようで幸いです。私はというと、実はビールと焼酎派なんです
リビングの窓から見える景色を想像するSさん。表現が巧みです。詩人のようですね。
更に1週間経った12月15日。今度はSさんの方から加藤さんに球を放ちました。少々長いeメールです。内容を4つに分割し、それぞれ見出し付きでお伝えします。
建てたい家について具体的に考え方を示す
土地の売買契約も済み、あとは年明けに残金を支払うのみです。ここ数日、暇をみては金融機関の住宅ローン担当者から話を聞いています。正直なところ、建てたい家がいくらで建つのか、見当がつきません
近況報告の後、「建てたい家」についてSさんの構想が記されました。
やはりあの敷地である程度の大きさ(感覚的には10畳くらい)の倉庫、車庫、および室内に大きめの納戸を考えると、3階建てになると思います
Sさんは、まず建物の規模について自分の構想を示しました。この時点では3階建てを想定していたようです。
必要な居室について
それからSさんは、必要な居室について記しました。
現時点で考えている部屋は、
・広いリビング(キッチンを含まず20畳はほしい)
・寝室(8~10畳程度)
・子供部屋(最初はワンルーム。後に家具やパーテーションで仕切。8~10畳)
・ちょっとしたワークスペース、多目的スペース
(将来配偶者が語学教室を行う可能性あり)
・予備室(来客の宿泊用、普段は私のワークスペースになる可能性大)
・ウォークインのクローゼット
デザインや機能について伝えようとしている
Sさんは、必要な居室だけでなく、思い描いているデザインや機能についても記しています。
現時点で考えていることをもう少し。
・デザインレスデザイン。シンプルモダン。直角、直線的、スクエア。
・装飾的なものは一切不要。
・ローコストかつ質感があること。
・動線に無駄がないこと。機能的。
・外からは閉じているように見えるが、内は解放的。
・採光、風通し。
・家具を置かない。見せない収納。
・全館暖かく、かつランニングコストがかからないもの。
細かいことですが、漠然と考えていることを少々。
・外観は白。コンクリート打ち放しも好きですが、コスト面で?
・10年後くらいに塗り直す、洗浄する等でメンテナンスのし易いもの。
・リビングは東側の全面開口。奥行きのある空間が好きです。
・窓からは空しか見えないのが理想。
・ガラスブロックの質感が好きなので、採光に効果的に取り入れたい。
・3階建てであれば、2階リビングから3階へは螺旋階段。子供たちの楽しみ
Sさんは、既にこの段階からガラスブロックと螺旋階段の構想を抱いていたようです。だけど、光のコートの発想はまだ出てきません。
詩人であるとともに論理的な展開も
Sさんのeメールの続きを見てみましょう。
仕事柄、意匠には大変興味があるのですが、こと住宅のことになるとド素人です。ましてや構造のことになると全く分かっていません。とりあえず、すべての希望を盛り込んで見積もったところから、予算との兼ね合いを考慮し、削れる部分を削っていく形になると思います。もちろん、予算内ですべて叶えられればベストではありますが……
現時点では難しい質問とは思いますが、加藤さんのご経験からして私が考えている家はおおよそどのくらいの金額で建つと思われますか? もちろんその幅はある程度広くて構いません
Sさんは、まず建物の規模を示し、それから必要な居室、デザイン、機能、個人的な趣向などを記した上で、加藤さんにおおよその建物の金額を投げかけています。ある程度の幅を持たせた上で、やんわりと。
Sさんは詩人であるとともに、なかなか論理的な人でもあるようです。最後は、言葉ではなく画像で好きな建物のイメージを伝えています。
「あくまでもイメージではありますが、思い描くコンセプトに近い建物の画像を数点拾ってみました。もちろんこのままの感じでということではありませんが……。
頭の中を駆け巡るいろんなキーワード
さて、Sさんから宿題を投げかけられた加藤さん。eメールを受け取った翌日の12月16日「Sさんのメール」というメモ書きを綴りました。そこにはこう記されています。
倉庫、車庫、大きめの納戸 → 考えると3階建てか? リビング、寝室、子供室……。
そして同じ日、Sさんに次のeメールを返信しました。
自分なりにキーワードや具体的な数値などを拾い出し、どのような住宅をお望みなのか理解に努めています。個々の数値もさることながら、やはり3階建てか否かが大きなポイントであると思います。メールではなかなか伝え切れませんので、お時間をみて、お会いしてお話できればと思いますが、いかがでしょうか
加藤さんの頭の中では、いろんなキーワードが駆け巡っていたのでしょう。倉庫、車庫、大きめの納戸……。シンプル、モダン、外に閉じて内に開放……。
2階建てならああして、3階建てならこうなって、与えられた条件を満たすには―――やはり3階建てか。だけど3階建ては、規制が多い。コストも……。
プランづくりに動きだす
12月21日、午後の約1時間。Sさんと加藤さんは設計について話し合いました。打合せ会議録には次のように記されています。重要なキーワードについて、そして今後の進め方について、加藤さんがSさんに確認したようです。
・3階にこだわっている訳ではない ・準防火地域内の木造3階建てについて説明(構造的な規制が多い) ・外に閉じて中に開いている → 空が見える ・リビングは広いほどよい → 解放的 ・気密、断熱'' ・ロフト → 小屋裏風のスペース ・車2台 → 1台は屋内、1台は屋外 ・見える収納 ・加藤事務所への依頼を前向きに考えていただけるのであれば 具体的にプランニング ・8~9割は加藤事務所に依頼しようと思っている ・1月中にラフプランを検討し、大筋の方針を決める → 2階建て又は3階建て 木造又はRC造、S造 ・3階建てであれば、準防火地域内なので木造はキツイ ・2月以降に基本設計、実施設計をスタート
年末年始にじっくり構想を
12月28日。加藤さんはSさんへ05年最後のeメールを送りました。
まだ具体的なプランニングはしていませんが、木造3階建ての基本的な考え方について市役所に問い合わせてみました。が、まったく要領を得ず、一旦あきらめました。時間をみて、直接行って聞いてきます。前回お話しました通り、1月の中旬にはおおまかな方針を出したいと思います。
それでは、よい年末年始をお過ごしください
おそらく加藤さんは、年末年始の休みを利用してSさんの家の構想をじっくり練ろうと思い、準防火地域内の木造3階建ての規制項目について市役所の担当部署に確認したものと思われます。ところが、年末の慌ただしい時期だったので要領を得なかったようです。
木造3階建ては規制が多く難しい
12月28日。Sさんも加藤さんへ05年最後のeメールを送りました。
いろいろお手数をおかけしています。制約が多すぎて、もし木造3階建てで、ありきたりの家しか建てられないようでしたら、やはり他の工法を採らざるを得ないかもしれませんね。資金が潤沢であれば、考えることもないのですが……
その辺は、まず思い描く理想の家が幾らの予算で建つのかを把握してからでないと、何とも言えませんよね。外壁などは大曲の新しいテナントビルの雰囲気もいいですね。モルタルでしょうか? デザイン的にもミニマムで私は好きです。
またランダムに拾った画像をお送りします。あくまでこんな感じも好き、といった程度ですが。
それではよいお年をお迎えください
「ありきたりの家しか建てられない」とは、準防火地域内の木造3階建ては、開口部の大きさの制限などいろいろ規制があって「外に閉じて内に開放」というSさんの構想が実現できないかもしれない、という意味だと思います。
購入した敷地に都市計画道路が
年が明けて、06年1月5日。加藤さんはeメールでSさんに予期せぬ事態を報告しています。
本日、用途地域・防火地域・都市計画等の確認のため、市役所に電話しました。そうしたところ、建設地に道路が計画されていました。秋田環状線という都市計画道路です。幅員16mで施工時期は未定です。
これが何を意味するかというと、原則としてRC造、S造は建築不可ということです。木造、又は軽量鉄骨造のみ許可になります。
木造か否かということはさておき、この都市計画道路について、不動産業者から説明を受けてますでしょうか? 土地の売買を仲介した業者として重要事項の説明義務があるはずです。Sさんが承知して購入されたのであればいいのですが、説明が無かったというのであれば大変です。
至急、不動産業者に確認された方がいいと思います
自分の土地でも好き勝手につくれない
都市計画道路。施工時期未定。
都市の基盤整備のために、都市計画法に則って決定した道路を都市計画道路といいます。何十年も前に計画され、いつ着工するか未定の道路が、全国いたるところに存在します。
この計画道路上の土地には、原則として建築物を建てることはできません。何故なら、行政は、やがてその土地を買収し建物を壊します。壊すことが明確なところに、あえて新たな建築の許可を与えたりはしないのです。
ところが、計画道路の施工時期が未定の場合、新たな建築許可を制限すると、土地の所有者も困ります。「道路をつくるなら、土地を買い取ってほしい。それができないなら建物を建てさせてほしい」と。
そこで、施工時期未定の都市計画道路上の土地について、行政は条件付きで建築許可を与えています。秋田市の場合、木造か軽量鉄骨なら建築可になるようです。
不動産業者は、土地を売買(仲介も)する時、買い主に法的な制約の内容を説明しなければなりません。(宅建業法)それを、重要事項の説明義務といいます。
加藤さんがSさんに、「不動産業者からきちんと説明を受けましたか?」と訊いているのは重要事項の説明のことを指します。「場合によっては土地の売買を白紙に戻すことも含めて、検討なさっては?」と訊いているのです。
あらゆる法律の中で、最も複雑な法律が建築基準法を言われています。建設業、消防法などの関連法規を含めると、本当に複雑な法律です。
いやはや、家づくりには、何が起きるかまったく分かりません。
大らかというか、大物というか
大変な事態が勃発! と思いきや、Sさんは悠然と構えています。かなり大らかな性格なのか、あるいはまれにみる大物なのか……。
加藤さんから重大な報告を受けた1月5日のeメール。その日の深夜、Sさんは加藤さんに返信しました。
そうでしたか。それはちょっとショックですね。私の記憶ではその説明は受けていないと思います。かなりこと細かく説明してくれる業者さんなので、故意にとは思いたくありませんが…。
あるいは私の現住所がすぐ近くのため、その件はあらかじめ了解済み、との認識だったかもしれません。ただ、それによって著しく資産価値が下がるとか、住むことに支障が出るなどのことが予測されないのであれば別ですが。
いずれにしてもこの土地を購入していたと思います。なかなか手頃な物件を見つけ難い地域ですし、何より第一印象に惹かれましたからね。そういった意味では納得済みといえるかもしれませんが、一応業者さんに確認したいと思います。
重要事項というのは契約書にも明記されるものなのでしょうか? 原則として、ということは例外も認められるということでしょうか? それともかなり厳しいものなのでしょうか?
のんきなことも言ってられないのですが、実は明日より10日夜まで東京出張となります。何かございましたら、携帯またはメールでご連絡ください。のんきついでに、また拾った画像を少々
Sさんのように建て主の趣向性を画像で示されると、建築家としてとても助かります。プランを練る上でとても参考になるのです。
準防火地域内の木造3階建てについて
準防火地域内の木造3階建ては、延べ面積500㎡以上は建てられません。また、原則として住宅と事務所以外は建てることができません。
Sさんの家はおそらく150㎡前後になるので、面積制限には該当しません。仮に規模を大きくして、敷地面積142.69㎡に対する建ぺい60%でも85.61㎡、3階として最大256.84㎡が限度です。
準防火地域内の木造3階建ては、開口部について複雑な規制があります。その他にも外壁の構造、軒裏の構造、建物の主要構造部、床又は直下の天井、3階部分の防火措置などについていろいろな制限があります。
法律があるかぎり、自分の土地に何を建てようが勝手だ! とはいかないのです。土地を購入する際には、事前に建築士に相談する方が賢明です。
木造か軽量鉄骨造以外の選択肢は無くなった
加藤さんは、出張先のSさんに準防火地域内の木造3階建てについて、規制の概略をeメールで伝えました。1月6日。出張先から送られたSさんのeメールです。
そうですか。いろいろ規制が多いんですね。とりあえず削れる部分を考えています。まず、ビルトイン車庫は不要ですね。倉庫も前述したほどのサイズはなくてもよさそうです。予備室も特に仕切らなくてもワークスペース的な部分と共用でよいかなと。バス・トイレ・洗面もひと部屋でよいと思います
準防火地域内の木造3階建ての場合、開口制限があって、屋内の車庫がかなり難しいことが分かってきました。鉄筋コンクリート造か鉄骨造なら開口部の自由度は増すのですが、この敷地は都市計画道路にかかっており、この段階で木造か軽量鉄骨造以外の選択肢は無くなってしまいました。
2階建てか3階建てか、まだ決定できない
1月12日。東京の出張から戻ったSさんは、さっそく加藤さんと打合せをしました。敷地が都市計画道路にかかっていることが判明し、鉄筋コンクリート造と鉄骨造は建築不可となりました。しかも、木造3階建てはあまりにも規制が多いのです。課題は山積みです。
1階はガレージと倉庫を中心に配置。2階はリビング、キッチン、浴室などの水回りを配置。3階は寝室と子供室。Sさんの要望を無理やり押し込めたような感じのプラン。リビングから新室へと向かう2階~3階に螺旋階段をつくったので、階段が2ヶ所になった。3階建ては法的な制約も多いが、プラン上でもいろんなロスが生まれる。
ファイルには、打合せ会議録と共に木造3階建てのプラン(平面図)が綴ってあります。加藤さんは、具体的なプランで木造3階建ての問題点を示し、この日の打合せを有意義にしようと考えたのでしょう。そして、叩き台をぶつけることで、必要な部屋と各部屋の大きさのイメージを掴もうとしたのでしょう。
それでは、この日の打合せ会議録を見ることにしましょう。
・都市計画法の説明 → 秋田ではRC造、S造はダメ ・3階建てラフプランの提示 → トライアルプラン、各部屋の大きさのイメージ等 ・螺旋階段 → リビングに欲しい → 奥さま、リビングの螺旋階段に大きな憧れ ・2階建て案の場合 → リビング1階 ・2階建てか3階建てか、まだ決定できない ・2階建てでいけるかどうか、プランしてみる → ダメなようなら、木造3階建てとなる ・設計工程表(スケジュール)を作成 → eメールで送付
今まで考えなかった1階リビング案
出張帰りのSさんと打ち合わせをした加藤さんは、さっそくその日のうちに設計工程表(スケジュール)を送りました。そして深夜、Sさんは次のように返信しました。
初歩的な質問にも丁寧にお答えいただきまして感謝いたします。工程表の送付もありがとうございます。
今日お話しを聞いて2階建てでもいけそうな気がしてきましたが、そこで思ったのは、今まで考えなった1階リビング案です。
1階を建ぺい率いっぱいにとって、広いリビング・ダイニング、キッチン、浴室、トイレ、洗たくスペース、倉庫(5~6畳)、収納(小さくても可)、機械室。
2階に、主寝室、子供室(仕切りなし)、多目的スペース、予備室、クローゼット、トイレ、納戸(収納)、バルコニー。
この配置で一度見てみたいです。もちろんラフで結構です
木造3階建ては制約が多すぎます。かといって他の構造に変えることもできません。選択肢がぎゅっと絞られた中で浮上した1階リビング案。果たしてどうなるのでしょうか……。
余分なものを削ぎ落としていけば?
1月13日の夜。Sさんが加藤さんに送ったeメール。近代建築の巨匠ル・コルビジェが設計した住宅を見つけたようです。
結局のところ、余分なものを削ぎ落としていけば、現時点での理想形はコルビジェの住宅ということになりますでしょうか。シロウトがおこがましいですが
コルビジェの設計した住宅には、大きな吹き抜けのリビングと螺旋階段がありました。Sさんが抱いているイメージに近いようです。Sさんは、翌14日の夜にも加藤さんにeメールを送っています。
シンプル、合理的、古くならない(飽きがこない)ものと考えていくと、やはりこうなってしまいますでしょうか。ついでに白状しますと、私は若いころに古いフランス映画に心酔、今でも自家用は、フランス車以外はちょっと……。という人間です(笑)。仕事は結構、いやモロに和風なことをしているわけですが
構造の選択肢が限りなく絞られたのは昨日のことです。もしかしたら思い通りのプランを断念しなければならないかもしれません。それでもSさんは、好きなデザインを探して、コルビジェに辿り着きました。Sさん、やっぱり吞気で大らかな性格です。いや、とてつもなく大物かもしれません。
実際に建てた家の原型という感じ
箱形で総2階、極めてシンプルな2階建の案です。1階と2階の部屋の配置は、実施設計に似ていますが、この段階ではまだ光のコートがありません。東側に光のコートをもってきて、そこで削られた部分を南西の角に加えると、L型の実施設計に限りなく近づきます。さあ、もう少しだ!
1月21日。加藤さんは2階建てのプランをつくり、これを叩き台にして、Sさんと協議しました。一体どんなことを協議したのでしょうか。打合せ会議録を見てみましょう。
・2階建てプランの提案 ・2階建て案 → コンパクトにまとまっている ・2階建てか、3階建てか → 大きな方針を決め、きちんとしたプレゼンテーションをする
この時に協議した2階建ての案は、何となく実際に建てた家の原型という感じでした。しかし、この家の大きな特徴の一つである「光のコート」はまだありません。建物を東西に目一杯長く配置し、南側を空けています。L型でもなく、この時はまだ長方形でした。
2階建てで十分いけそうだ!
1月21日。2階建ての案を協議したその夜。Sさんは加藤さんに次のような感想を送りました。
いただいた2階建て案ですが、コンパクトにまとまっていて機能的ですね。そこで考えたのですが、東側を引っ込め南側道路に広げる形で建ぺい率をぎりぎり60%までとると、25.89坪となります。そうすると単純計算ではありますが、1階と2階を合わせて、もう13帖(各階6帖強)とれますよね。どうでしょうか。2階建てで十分いけそうな気がしてきました
2階建ての案に希望が見えてきました。さあ、ここからどう変化させるか。家の良し悪しを決定づける大事なところに差し掛かりました。
気付いたことは遠慮せずに伝えよう!
こんなことを、言っていいものだろうか? 建て主によっては、遠慮して自分の胸に止めておく人もいるようですが、大らかなSさんは、思いついたことをすぐにメールで伝えています。これは、建築士にとって、とてもありがたいことです。少なくとも、ずっと後になってから言いだされるよりは。
1月24日。深夜0時を少々回ったころのeメール。建ぺい率60%ぎりぎりまで持っていくのはそう簡単ではない、という加藤さんの説明を深夜まで考えていたのでしょう。
そうですか。やはりそう単純、簡単には増やせないものなんですね。それではプラン上、構造上を考慮して、ぎりぎり最大限増やす方向でお願いします。目指せ延床面積50坪、といったところです(笑)。
無駄なものを減らした生活を心がけたいですが、これから子どもの物などどうしても増える物もあります。同居人の本、資料も多いです。仕事上、突然大量の入荷もたまにではありますが想定されます。よってやはり1帖の差は大きいです
変更だって当然ある、それが家づくりだ!
一度決めたことでも、無理をいって取り入れてもらった要望でも、時が過ぎれば考え方も変わることがあります。そうなんです。計画中の変更は、当然起こり得ることなんです。
熟慮の末に考え方が変わったら、遠慮せず、きちんと建築士に伝えましょう。できるだけ早い時期なら建築士も対応できるでしょうが、実施設計が終わるころ、何十枚も設計図面を描き上げた後に大幅な変更を言い出されると、対応が難しいかもしれません。
1月25日夜。Sさんは変更を申し出ました。
さて、いきなり気付いたことで申し訳ありません。トイレはフロ、脱衣と一緒で構わないと伝えたと思いますが、訂正します。ホテルなら構いませんが、やはり日常長く使っていると結構ストレスになってくるかなと。とりあえず変更その1、いきなりですみません
浴室と洗面室。浴室はユニットバスに。浴室も洗面室も新しい機器を使っているが、ここにもレトロな雰囲気。Sさんと加藤さんのデザイン上のこだわりが、細部にまで行き届いている。
家の核心部分、光のコート案
午前1時を少々回っています。2階建ての案の図面とにらめっこしていたSさん。アイデアが閃いたようです。1月28日のSさんのeメールです。
さて、希望&質問第2弾です。もしかしたらまだ早い段階かもしれませんが、一応。いわゆる閉じた空間の件です。リビング東側の開口を大きくとるとして、そこから見える景色は必然的に自家用車と道路とお向かいの家ということになると思います。
いっそのこと、駐車スペースぎりぎりのところまで、高い壁で囲ってコートにしたいのですが、どうでしょうか? 外からの視線が遮られることで私は落ち着きますし、子供の遊び場や野外調理によい空間と思うのですが。
地面はウッドかタイルか、あるいは芝生か。そこはまだ検討の余地はありますが、現時点では多少駐車スペースが狭くなっても(最悪1台分になっても)取り入れたいと思っています。もちろん、問題になってくる点もあると思います。雪や雨の問題、防犯上の問題(良いのか悪いのか不明)等々。
いかがなものでしょうか。加藤さんの率直なご意見、ご指摘をお聞かせください
とてもいい発想、プレゼンで……
Sさんが投げかけた「光のコート案」。加藤さんも共鳴したようです。1月30日の加藤さんのeメールです。
東側の壁、良いのではないでしょうか。やるとすればコンクリート打ち放しになると思いますが、長さ5.5m、高さ2.0m以上ですので、結構ゴツイですね。
雪や雨に関しては、大した問題はないと思います。雪寄せが少ししにくい程度かと思います。防犯に関しても、南側はオープンでしょうから問題はないと思います。
発想としてはとても良いと思いますので、プレゼンで取り入れたいと思います
コートは建物の一部、あるいは一体化した囲い
1月31日、午前3時。Sさんのeメールです。「外に閉じて内に開かれた家」を決定付ける核心部分、「光のコート」。Sさんは、考えていたら頭が冴えて、眠れなかったのでしょうか。それとも、こんな時間に目が覚めたのでしょうか。
やはりコンクリートになるでしょうね。実は完全に囲まれた空間、住宅とほぼ同じ幅で南と北側も囲ってしまおうと思ったのですが、これはさすがに問題があるでしょうか。
考えているのは、独立した塀みたいなのではなく、コートを囲む建物の一部、建物と一体化した囲い、みたいな感じのものです。あるいはそこまでゴツくしなくても、ぜんぶ板塀とか生垣(手間かかりそう)とかの方がいいでしょうか。ちなみにその空間以外は塀などで囲う計画はありません。
いずれにしても、リビングから直接外に出られる、そういった空間はぜひほしいところですね。余談になりますが、そこはきっと椅子でも置いて、私のスモーキングエリアにもなるでしょうし(笑)。
思い立ったように想像図を描いてみたりするのですが、なかなか完成のイメージが湧きません。自分なりに立体模型でも作ってみようかな、などと考えたりしております
イメージを簡単な図で表す
加藤さんも、Sさんのイメージしているコートを掴もうと真剣です。2月1日。加藤さんのeメールです。
一つ教えてください。敷地全体を囲われた空間とすると、車の出入りはどのようなイメージをお持ちでしょうか? どうなっていればよいか、私も考えますが、どうお考えかと思いまして
Sさんは、コートのイメージを簡単な図で表し、eメールで送りました。
敷地全体を囲まれた空間、というより正確には、コート全体を囲まれた空間、といった感じです。こんなイメージです。(ヘタクソでスミマセン)。
車の出入りはそれほど深く考えておりませんでした。どちらから入ってもそれほどストレスはないと思います。実際のところ、日常的に出入りするのは1台と思います。(私の実家に駐車スペースがあるため)現時点では、コートの東側の壁に対して垂直に2台置ければベストかなと思います
eメールの文字や記号で「光のコート」を描いています。伝えようと思う気持ちさえ強ければ、絵の上手い下手は関係ないようです。
核心部分が決まると、全体も見えてくる
1月21日にもらった2階建ての案を、Sさんはずっと考え続けていたのでしょう。「光のコート」という核心の部分を決めることで、どうやら全体の関連性が見えてきたようです。2月2日のSさんのeメールです。
私は勝手に、建物を西側に目一杯寄せ東側を空けてそこに駐車することをイメージしていました。加藤さんから頂いた図面では南側駐車でした。考えてみれば、それも大いにありですね。
最初の設計図ではコートなどとれそうにないようにみえますが、L型にすることなどで家を狭くしなくても十分とれそうですね。ちなみに私が考えていた形だと、東側の開口から壁までの間がかなり近く、コートが狭くなりそうです。
できればコートに車を入れたくありませんし、やはりもう少し奥行きが欲しいですね。車は好きですが、リビングから見える景色がいつも自家用車というのもちょっとアレです。
建ぺい率60%ぎりぎりでコートあり。加藤さんのプレゼンを期待しています。そこから更に考えていきたいと思います。加藤さんと私なりの現代版シトロアン住宅秋田になればいいなと
メールの文字で描いたコートが、巧みな建築家の手で設計図面に置き換えられ、最終的にこのような光のコートになった。
プランの骨格が浮かび、ちょっと余裕を覗かせる
プレゼンを前に気づいたこと、変更したいこと、新たなアイデアなど、Sさんから矢継ぎ早に送られてきました。おそらく加藤さんも、ある程度固めた案をその都度修正したに違いありません。もしかしたら振り出しに戻って、ゼロから考え直したかもしれません。
でも、この2~3日のやりとりで、加藤さんはSさんの思いや考え方の核心部分を掴んだのでしょう。プレゼンを前にちょっと余裕を覗かせています。プレゼンまであと半月、2月3日の加藤さんのeメールです。
建ぺい率を60%取り、民法上必要な隣地からの離れを取ると、結構敷地いっぱいになってきます。プレゼン前なのであまり多くを語りたくありませんが(笑)、コートの奥行2.5m程度、南側駐車1台です。
車はやはりシトロエンですか? シトロアン住宅。いいですね。早々と住宅のタイトル・コピーは決定しました。(シトロアンの一番のテーマは量産化・工業化ですけど……)
互いの感性がどうやら一致した
2006年が明けてすぐ、敷地に都市計画道路が走っていることが分かりました。施工の時期は未定なので、いつ実施されるか分かりません。もしかしたらずっと実施されないかもしれない。
この計画道路が実施される時には、これからつくる建物を壊すという前提で建築許可が下ろされます。従って、容易に壊すことのできない鉄筋コンクリート造や鉄骨造は許可しない、というのが都市計画法53条の趣旨です。
年が明けてすぐのハプニングでしたが、そのことによって互いに深い信頼が生まれたようです。このところ連日連夜、二人はまるで恋人どうしのようにeメールを交わしています。2月3日、Sさんのメールにも余裕が出てきました。深夜0時を回ることなく夕飯どきの時間帯です。
民法上の隣地からの距離もありましたし、難しい……。もう少しだけ土地が広ければよかったかもしれませんね。いや、それは言うまい(笑)。なるほど、やはり南側駐車ですね。昨日、図面とにらめっこしてたら、私もその方が合理的であるような気がしてきました。
車は、私も配偶者もルノーです。ルノー盲信主義者と言われています(笑)。もちろんシトロエンも好きですよ。昔、古いGSに乗っていて結構泣かされました。でもよい車でした。
これまでも言いましたが、リビングは狭くしない方向で、できれば20帖は欲しいです。キッチンは、大それたシステムとかは考えていないので、それほど大きくとる必要はないと思います。
よいものを建てて、量産化・工業化して当てましょうか(笑)。それではプレゼンを楽しみに待っています
最終形に近いプレゼンテーション案
2月18日。いよいよプレゼンテーションの日です。加藤さんは、平面図、立面図、それとCGで描いた完成予想図を用意しました。もちろん2階建の案です。その日の打合せ会議録には、次のように記されました。
・平面、立面、3Dのプレゼンテーション ・階段横開口部……光の横を上るイメージで、ガラスブロックの大きな開口部とか ・キッチン……どのような面積か? 奥さまにも聞いてみる ・オール電化……電化の床暖房 ・子供部屋……仕切り壁なし ・外壁……ジョリパットはどうか? ・内部建具……高さ2mとする ・予算……50坪で2,500万円(設計監理料込) ・予算配分書……作成しPDFで送る ・業務委託契約書……次回に交わす ・プレゼン案については検討いただき、次回の打合せで要望を出していただく
この日のプレゼンテーションの案は、かなり実施設計に近い。やっと出口が見えてきたようです。
プレゼンで提示したプランは、限りなく実施設計に近い。平面図上で違いを探してみると……。1階と2階に1mに満たない階段(スキップフロア)がある。ロフトの位置が違う。それくらいだ。あとは微調整のレベルといってもいいだろう。
光のコートの壁は、この段階ではコンクリートを想定していたが、後に外壁と同じ木造に変えた。外からは、「屋内」に見える。また、この段階ではガラスブロックの面積が小さい。後に、大胆なガラスブロックの壁になり、光のコートと螺旋階段がより活きてきた。出窓風の2階の窓は、完成後にSさんが「このままでもよかったかも……」と言った部分の一つ。
神はディテールに宿る
ここまで加藤さんの「打合せ会議録」から要点を拾い、読者に伝えてきましたた。この量で、やっと1冊目のファイルの3分の1まできたところです。
さて、2月18日の加藤さんのプレゼン案は、最終案(実施設計)にかなり近いものでした。この段階で計画案の大枠がほぼ固まりました。ここから先は、細部の調整を中心に打ち合わせやeメールが続きます。
計画案を決める過程ならまだしも、細部の調整を文章で伝えてもあまり面白くありません。ドラマ性に乏しいのです。したがって、この事例紹介は、もう少し進んだところで終わる予定です。
ただし、これから後の「細部の調整」こそ、設計の良し悪しを決める重要な段階であることを、読者は覚えておいてください。
ル・コルビジェと並ぶ近代建築の巨匠ミース・ファン・デル・ローエはこう表現しました。「神はディテールに宿る」。ディテールとは、細部のことです。
プレゼン案と実施設計の相違点
計画案の大枠が固まったこの段階で、プレゼン案と実施設計の相違点を拾い上げてみます。
・プレゼン案は各階に段差があるが、実施設計には段差がない。 ・プレゼン案の2階の窓は出窓風であるが、実施設計は普通の窓。 ・プレゼン案ではガラスブロックをワンポイントで使っているが、 実施設計では壁一面に大胆に使っている。'' ・プレゼン案のロフトは廊下と寝室の上部だったが、 実施設計では子供室の上部になった。 ・プレゼン案には1階と2階のそれぞれに1mに満たない段差があったが、 実施設計では段差を取り除いた。
プレゼン案と実施設計の主な相違点はこの5点だけです。部屋の配置にほとんど違いはありません。
Sさんと加藤さんは、これまでのeメールの交換で、自分の思いをぶつけ、相手の考え方に耳を傾けました。言葉で伝わらないところは画像で示したり図面にしました。
このようなやりとりを重ねて、加藤さんのプレゼン案が出来上がりました。もう既に、既に互いの気持ちが分かる間柄になっていたので、極めて実施設計に近いプレゼン案になりました。
各階の段差を解消、大胆なガラスブロック
2月19日。プレゼンの翌日、Sさんはこんなeメールを送っています。
立体的に見ると、やはりイメージが湧いてきますね。いい感じにできあがりそうで、ますます楽しみです。そこはかとなくコルビジェ感も漂っておりまして、暇さえあれば頂いたパネルとにらめっこしております。
ルーフバルコニーはいい場所ですね。吹き抜けをつぶすのはもったいないと思っていたのですが、全然そんなことはないですね。リビングはスキップしない方がいかもしれません。やはり、せっかくのコートと同じ高さでないと連続性が無い感じがします。そのまま段差なしで出られた方がいいです。(雪の問題とかもありそうですが)
同居人は、リビングの南側の壁全面ガラスブロックでもいい、と言っております。閉塞感や暗いのがまったくダメなもんですから。まあ、それはちょっとやり過ぎかもしれませんが、螺旋階段に並行して上階まではつなげたいです。デザインのバランスがとれれば、できるだけ大きくとりたいです。あまり大きくすると、夏の暑さ問題なんかも発生しますか?
以前からお聞きしたいと思っていたのですが、加藤さんが秋田市内で、いいな、とか、上手いな、と思うものってありますか? 新旧、住宅、店舗、ビル、公共物問いません。もちろん誰が設計したものでも構いません。こんど気にとめて見たいと思います
コルビジェと秋田の名建築
プレゼン案がSさんの思いに近かったせいか、加藤さんにも余裕が出てきました。2月20日には次のようなeメールを送っています。
このためにコルビジェを意識した訳ではありませんが、建築=コルビジェ、くらいの気持ちです。
建ぺい率目一杯なので、支えの柱が立つようなバルコニーは設けられませんでした。建築面積の中で考えたとき、あの場所しかなかったのですが、目立ち過ぎずいい場所だと思います。
サッシの下枠がフラットタイプで、同レベルにできるもの等もあります。雪といっても、例年の秋田市程度であればだいじょうぶと思います。
一応ガラスブロックは、カタログ上は優れた断熱性ということになっています。(住宅であまり大きな面積に使ったことがないので、実感がわかりません)オパリーンという乳白のブロックがいいと思いますが、あまり安価ではないもので……。
先日の打合せでお話しました、予算配分書を添付します。坪単価は並のグレードで、フラットルーフやオール電化、それなりの住宅設備を設けますと、50万円/坪くらいだと思いますが、分離発注で抑えていければよいと思います。
日経BP社の建築家が選んだ名建築ガイドで秋田市を担当しました。この中では、秋田市立中央図書館明徳館、朝日新聞秋田支社、千秋薬品本社、秋田市立新屋図書館をあげています。
融資用の概算見積書や図面を準備しますが、どうしましょうか? 予算オーバー気味だと思いますが、現時点ではこの程度見ておいた方がいいと思います。ご指示、よろしくお願いします
談論風発・建築談議
2月20日、Sさんのeメールです。
そうでしたか。建築=コルビジェ、くらいの気持ちでしたか。横連窓あたりの感じが好きです。なんかこのままピロティーが欲しいですね(笑)。バルコニーに関しても、目立ち過ぎずその通りと思います。
さっそくオパリーンを見てみました。なるほどこれはオシャレですね。過度に光を通さずよさそうです。が、質感的には昔ながらのレトロな透明ガラスブロックが好きです。これよりはだいぶ安価になると思いますのでご安心ください(笑)。ゆえに、真夏の日差しによる暑さが心配といえば心配です。断熱に関してはそれほど心配していません。
予算配分表ありがとうございます。そうですね。基本的な性能に関わらないところで、いろいろ工夫して抑えていきたいと思います。施主支給などもできるところは積極的に取り入れていきたいです。
明徳館は時おり行くのですが、いい感じだなと思っていました。県立にくらべて落ち着く空間ですね。次回は更に気を付けて見てみたいです。新屋図書館は、私の母校に併設していましたが、今の建物になってからは知りませんでした。こんど行ってみなければ
夢と現実、住宅ローンの手続き
建築は、芸術的な要素があるとはいっても、完全な芸術作品とは違います。特に住宅は、現実の生活の場そのものです。夢と現実の予算配分はとても難しいもので、現実は、さっそく住宅ローンの申請が控えていました。2月24日、Sさんは加藤さんにこんなeメールを送りました。
昨日、敷地を見に行ったところ、南側の道路側はまだ背丈ほどの雪がありました。地盤調査等急ぐようでしたら、何らかの対策を取りたいと思います。住宅ローンの事前審査にあたって、加藤さんにご用意いただくものは、
・建築工事請負契約書(写)、または見積書(写)
・建築確認済証(写)
分離発注であっても全工事の契約書を提出。工事金額が明確であれば融資は可能です
建て主と建築家のコミュニケーション
家に対する思いを、建て主はどのように伝え、建築家はどのように引き出したのでしょうか。これが、簡単そうでじつに難しいのです。
その証拠に、「注文住宅」や「自由設計」が売りの工務店やハウスメーカーの場合、一つだけ例を示せば、なぜか部屋の内装の90%以上が「塩ビクロス貼り」になってしまいます。
自由に選んだはずなのに……。「塩ビクロスが好き!」という建て主が90以上もいるなんて、とても思えません。建て主に訊くと、「仕方なく選んだ」と。
建て主と建築家のコミュニケーションが上手くいけば、
家づくりの90%は成功したようなものといえるでしょう。
さて、Sさんと加藤さんのキャッチボール。計画案がほぼ固まるまで、主にeメールでのやりとりを中心に紹介しました。これから先、基本設計が終わる予定の3月20日まで、そして、実施設計が終わる予定の5月20日まで、更に見積もりが終わる予定の6月末まで、二人のやりとりはまだまだ続きます。
もちろん、7月15日に工事に着工してから、12月15日に完成するまで、ずっと続きます。ただし、工事に着工してから完成するまでは、設計中の「打合せ会議録」に代わって、「工事監理記録」が中心となります。
101通目の『監理報告書』
これまで、加藤さんの「打合せ会議録」から一部を抜粋して紹介してきました。もう1冊のファイル、工事期間中の「監理報告書」にはまだ触れていません。これらをすべてを紹介すると、1冊の書籍(壮大なドキュメント)になりそうです。
Sさんの家に関する加藤さんの工事監理報告書は、全部で101通になりました。最後の101通目の監理報告書を紹介して、『柔らかい光に包まれた螺旋階段の家』を終わります。
工事監理・確認・打合せ記録 件名:S邸 新築工事 実施:H18年12月8日(金) 13:30~14:10 場所:現場 出席者:加藤一成 S様 現場確認内容 第101回監理 天気 くもり ・外部写真撮影 ・カーポート―――表面が少し荒いので、 完全に硬化後表面にサンダーをかける―――○○建設に指示 ・2階廊下一部―――フローリングにタッチアップ忘れ―――○○建設に指示 ・外部コート入口扉・枠 塗装手直し―――○○に指示 ・リビング入口 WD-1ハンドル水平でない―――○○に指示 以上について指示を出し、日時を決めて対応する。
柔らかい光に包まれた螺旋階段の家/秋田県秋田市
■設計監理/加藤一成建築設計事務所/加藤一成/秋田県秋田市
■写真/加藤一成
■取材・記事/山中省吾(やまなかしょうご)
追伸、
加藤さん、駅前の店でうどんをご馳走になり、ありがとうございました。
いつか米子にも来てください。出雲そばをご馳走します。
では、また。