建築家と建てる贅沢な注文住宅 - オープンシステム

茨城県/シンク

団塊世代の夫婦が取り組んだ、最初で最後の家づくり
ウッドデッキを一体化させた
コの字型の家


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屋根はガルバリウム鋼板。塗装品は用いず、ガルバリウムならではの生地の質感をそのまま生かした。外壁は、耐候性のあるジョリパット塗り。


千葉県 Mさんの住宅

■設計監理/シンク設計事務所/辰野久志・辰野峻也/茨城県取手市
■写真/松美里瑛子
■取材/弘中百合子・武藤昌一 記事/弘中百合子

ゴルフのパターの練習ができそうな広い芝生の庭。
銀色に輝く大きな屋根のゆったりした外観。明るい肌色の壁に広い窓…。
住宅地の一角にあって、この家は圧倒的な存在感を放っている。

家を建てたのは団塊世代のご夫婦。
夫は建物の構造に、妻はデザインや収納などの細部にこだわり、
第二の人生を過ごす、最高の居場所をつくりあげた。



家を建てることは 「お買い物」ではない



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黒くて光沢のある玄昌石の玄関ポーチ。目隠し格子壁(米杉)が印象的。外部からは見えにくいが開放感がある空間をイメージした。雨の日など、来客にとっても嬉しいつくり。


この家の建て主は、還暦のご主人と4歳年下の奥さま。世に言う団塊世代のご夫婦だ。これまで住んでいた家が築40年と古くなり、建て替えを決意したという。

「当時の家は断熱材も使っていないから、すごく寒かった。これからは第一線を退いて家にいる時間が長くなるのだから、もっと快適に暮らせる家を建てようと思ったんです」(ご主人)
 
2人は、家を建てるとき建築事務所に提出した要望書にこんなふうに書いている。

「一見して○○ハウス、○○ホームとわかるような規格化された家ではなく、建築士と職人さんと建て主が知恵を出し合って心を込めて丁寧に作り上げた、世界に1つしかないM邸を希望します。家を建てるということは、ブランド品を買うような行為ではなく、皆でつくりあげていく創造的な行為だと思います。最初で最後となる(予定の)家づくりを楽しみたいと思います」


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庭に面したウッドデッキ(米杉)は約14畳の広さ。庭に植えてあるのは、一般的な庭木ではなく、ブナやアオハダなどの落葉樹。自然を感じられる庭にしたかったのだという。




私たちが一時的に
工務店の社長になるんですって!



建築士の顔を見て 思わず一目ぼれ!?

世界に1つしかない家と言っても奇抜な家を求めたわけではない。間取りや素材、形などを自分たちでいろいろ考えて家づくりをしたかったのだとM夫妻は言う。

「いろんな設計事務所や建築家を調べましたけど、設計を頼んだら次は工務店という順番になりますよね。そうするとどうしても金額的に高くなるので、やっぱり贅沢なのかなって諦めかけていたときに、オープンシステム(CM分離発注)にヒットしたわけです。説明に『一時的に建て主が工務店の社長になるようなものです』って書いてあったので、主人に『お父さん、面白いよ。建て主が工務店の社長になるんだって』って言ったら、それは面白いなっていうことで、主人ものっちゃって」

それからインターネットでオープンシステムをやっているところを探しているうちにシンク設計事務所にたどりつき、そこに掲載された辰野久志さんの顔を見て、ご主人が「この人は誠実そうだ」とピンと来たのだと言う。辰野さんの設計した建物も気に入った。

「建築家っていうとちょっと個性的すぎる心配もありましたけど、辰野さんの場合は、建て主の好みに合わせてつくっているんだなっていうのがよくわかるような作品集だったので、うちの場合も、きっと希望通りにしてくださるだろうって思ったんです」(奥さま)

こうしてM家の家づくりが本格的に始まった。


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1階はウッドデッキをはさんだコの字型の間取り。150坪という広い敷地を生かして、平屋に近い感じで暮らせるつくりになっている。右手の和室と洋室は85歳の母の部屋。


辰野さんは最初に、ウッドデッキのあるコの字型の家、中庭のある家、オーソドックスな間取りの家と、3つのプランを提示した。奥さまはそれを見て驚いたという。

「私は雑誌などを見ていて、コの字型の家って好きだったんです。でも、雑誌に出てくるのは豪邸のような家ばかりだから、うちには無理だろうってなんとなく思っていて。それがコの字型なんて一言も言ってないのにプランとして出てきたので、透視されたみたいでびっくりしました」
 
当然奥さまはコの字型が気に入った。ご主人とも意見が一致。広い敷地の良さを生かしたこのプランは、実は辰野さん自身もイチオシのプランだった。


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広々した玄関ホール。間接照明が落ち着いた雰囲気をかもしだしている。リビング入り口には、奥さまの好みを生かした格子戸を。土間は玄昌石。床、框はチークの無垢材。



気密性・断熱性に とことんこだわった

M夫妻が辰野さんに提出した要望書は非常に具体的だ。一例を挙げれば、

「断熱材…ネオマフォーム45mm(外壁)、50mm×2(屋根裏)等。屋根断熱及び床下断熱とする。気密確保に努力。浴室部分、玄関部分については基礎断熱も検討。基礎…コンクリートべた基礎(防湿コンクリート+異形鉄筋)基礎立ち上がり幅180mm、高さ60mm程度……」

といった具合。さらに柱や外壁、サッシ、屋根など個々の箇所についての細かい希望が続いている。

Mさんが提案した「ネオマフォーム」というのは、熱伝導率が0.020W/m・Kと高性能な外張り用の断熱材。シンク設計事務所でも外張り断熱の住宅には、いつも採用しているという。

「本当によく勉強されていると思って感心しました。提案を見て素晴しい家になりそうだという印象を持ちましたね。ただ、予算内に収めるのが大変だな…というところもありましたが」(辰野さん)


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左:玄関を入るとユニークなネコの置物がお出迎え。リビングには同じシリーズの犬も。
右:奥さまのプランに基づき、玄関にはちょっとした草花を飾れるスペースが。


ご主人が特にこだわったのは、断熱性、気密性だ。

「Mさんは断熱材の厚みにはかなりこだわっていらっしゃいました。当初は屋根90mm、壁45㎜、床45㎜として進めていましたが、最終的には予算の関係で屋根60㎜、壁45mm、床45mmとなりました。それでも良いと思うのですが、要望でさらに遮熱シートを敷き込み、屋根の熱を遮熱しました。遮熱シートの施工は当事務所としては初めてでした。夏の陽射しの熱を防ぐという点で効果があると思います」(辰野さん)

ちなみに、辰野さんが建て主に参考に示す高気密・高断熱住宅の基本パターンは、断熱材が屋根45mm、壁30mm、床30mm。数字を比較すると、M家のこだわりがよくわかる。


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リビングにある化粧階段。「和の趣を取り入れたい」という夫婦の希望を生かして、この家には格子がモチーフのように使われている。目隠し壁、階段の踏み板はタモの集成材。



地震がきても ミシリとも音がしない

建物の中で熱損失の大きい窓にも、ご主人は力を入れている。
「断熱・遮熱のLow-Eガラス※を使い分け、すべての開口部に使用しました。さらにアルミと樹脂の複合サッシではなく、より断熱性に優れている樹脂サッシを使っています」(辰野さん)

※Low-Eガラスとは、ガラス面に薄く金属膜をコーティングすることでつくられる断熱性の高いガラスのこと。ペアガラス(複層ガラス)の一種だが、通常のペアガラスよりも、断熱・保温性、結露抑止の点で優れている。Mさんの家では、太陽の熱を取り入れ室内の熱も逃がさない「断熱Low-Eガラス」を南面と北面に使用し、太陽の熱をさえぎり室内の熱も逃がさない「遮熱Low-Eガラス」を東面と西面に使用して、家全体の断熱性をさらに高めている。
 
建物の安全性にもこだわった。
「Mさんの要望でもありましたが、この家では、面材で体力壁をつくる構造パネルを使いました。壁倍率も大きくより安全な住まいになっています」(辰野さん)


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2階ホールのカウンターにはパソコンを置き、開放的な書斎として使用。カウンターの隣には本がたっぷり入る書庫も。2階にはこの他、子どもたちの部屋がある。

 
下壁には、すぐれた耐火性を持つダイライトを使用。直径50cm、長さ5.8mの改良杭を56本打ちこんで地盤も強化した。

「地震がくると、昔の家はギシギシって音がしたんだけど、この家はミシリとも音がしない。地面といっしょに揺れている感じで、安心感があります。屋根も軽くしようと思って金属屋根にしたんです。上が軽いから、地震には強いかなと思ってます」(ご主人)


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2階から見ると、勾配天井(パイン無垢材)にわたされた梁(米松)が力強い。ご主人の望んだ「古民家のようなテイスト」が実現。天井の高さは2.7m~4.1m。




ウィスキーがしみこんだ
樽の色がテーマカラー


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奥のダイニングテーブルは、ウィスキーがしみこんだ樽でつくったもの。お気に入りのこのテーブルの色で家全体を統一した。「職人さんが目の前で色を合わせて塗ってくれたんですよ!」(奥さま)



窓を開ければ風が通り 閉じれば気密性がある

徹底した高気密、高断熱の家。奥さまは当初、心配したという。

「主人が最初から高気密、高断熱っていうから、なんだか閉じられちゃうイメージがあって、やっぱり風通しも必要じゃない? なんて言ってたんです。でも、窓を開ければ風通しがいいし、窓を閉じれば気密性があるしで、心配は杞憂でした」(奥さま)

「窓の位置がいいんだよね。風がすうっと通りぬけるから。さすがプロの技だなと感心しています」(ご主人)
 
Mさんのお宅はオール電化住宅だ。暖房設備は、深夜電力を利用して蓄熱レンガに熱を蓄え、その熱を利用して部屋をやさしく暖める電気蓄熱式暖房器。リビングにファンタイプ(7KW)、母の部屋にファンレスタイプ(2.2KW)を設置した。この2台で家全体が十分暖かいという。


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高齢の母の部屋は、明るい東側に配置されている。仏壇の上には、前に住んでいた家の家紋入り欄間をそのまま残した。ベッドが置ける洋間と和室をひと続きにしたり、扉で隠せる小さなキッチンをつけたりと、細かい配慮が感じられる。


夏の冷房費も節約できた。

「これまでは冷房をがんがんきかせてもなかなか冷えなかったんですけど、昨年の夏は28度に設定すると、ちょっと涼しいかな…という感じで。28度なんてありえないと思っていたんですけど、これが断熱の威力なんですね」(奥さま)
 
結果、光熱費は大幅に減少。

「ガス代が浮きます。いままでの電気代がそのままで、ガス代が浮いた感じです。びっくりしました」(奥さま)


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キッチンのコの字型の配置は、奥さまのプラン。カウンター(造り付け)の高さを流し台よりも27cm 高くし、来客からキッチンの内部が見えないように工夫した。流し台はTOTOのレガセス。



原価がわかるシステムに カルチャーショック

コの字型の家というのは、外壁面積が大きい分、屋根にも基礎にもコストがかかる。限られた予算の中で、自分たちの理想を実現するために、M夫妻と辰野さんは何度も打ち合わせを重ねた。

まずは、辰野さんが提示した基本となる数字、ランクアップした場合の数字をもとに優先順位を検討。さらに実際の専門業者からの見積りを見比べながら、調整を進めていった。

「辰野さんの見積りが非常に正確だったので、自分たちでここをああしよう、こうしようって調整しました。オープンシステムの特徴なんでしょうけど、原価を見られるっていうのがカルチャーショックでしたね。見積りを実際に見て比べられるっていうのがすごく新鮮でよかったです。内緒がなくて正確で。途中で抜かれるっていう心配もないし」(奥さま)
 
ああしよう、こうしようと2人で頭を悩ませ、辰野さんと相談しながらつくりあげた家。実際にできあがってみて、どうだったのか。

「とってもいいです! 大満足です。床も無垢なので素足で歩いても感触がよくて気持ちがいい。珪藻土の壁も、なんとも言いようがなく柔らかくって、居心地がいいんですよね」(奥さま)

「私は屋根が気に入ってるんですよ。日本の大屋根というか、古民家のDNAを持ったかたちを感じられるというか、デザイン的に気に入ってますね」(ご主人)


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M夫妻のお気に入り、ウィスキーがしみこんだ樽でできたダイニングテーブル(サントリー製)。家中をこの色で統一した。「色でも材質でも、自分の好みのものに囲まれて過ごすことが、こんなに心地良いことだとは思いませんでした」(奥さま)




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奥さまが描いた洗面室の収納棚案をイラストレーターが再現して色づけしたもの。どの棚に何を入れるか、棚の大きさをどうするかなど、非常に細かくイメージされている。打ち合わせの段階で、少し変わった部分もあるが、ほぼ希望通りの収納棚ができあがった。「収納部分がたっぷりあるので、主婦としては非常に片付けがしやすいです」(奥さま)


住む前から
家のつくりが全部頭に入っていた


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玄関のシューズクローゼットも奥さまがこのように細かく考案した。要望通りに仕上がったので、靴や傘、スリッパなどはいつも定位置に収まっている。他にもキッチンの収納、リビングの収納など、細かく要望を出して実現してもらった。さらに外断熱によって生じる隙間なども収納として活用した。「本当にべらぼうなオプションの嵐だったと思います」(奥さま)



見えない部分は夫 見える部分は妻が担当

ご主人は建物の構造に力を発揮したが、収納やデザインなどは奥さまが頭をひねった。見えない部分はご主人、見える部分は奥さまの担当だったのだとか。
 
洗面室の収納棚、玄関のシューズクローゼット、キッチンの配置など、奥さまは細かく図面を書いて辰野さんに渡した。

「引越してきたときに、おばあちゃんが『あんたたち、よくスッスッて動いて仕事ができるわね』って感心してたんです。考えてみたら、設計段階からずっと関わっているから、家の中がどんなつくりになっているか、全部頭に入っていた。だから、引っ越してきても、違和感や戸惑いが全然なかったんです。建築士さんと一緒に、自分たちでつくりあげた『我が家』だという感じがしました」(奥さま)


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左:お風呂も自然素材にこだわり、肌触りの良い十和田石を使用。窓はブラインド入りのサッシ。
右:お風呂の窓から見える坪庭。南天の木の緑にほっと癒される。


ご夫婦が目指したのは和風モダンな家。ご主人はそれに日本人らしい古民家のテイストも入れたいという希望があった。その希望を生かした大きな梁や勾配天井のある家は、この家から巣立っていった親戚にも好評だったという。

「どんなふうに実家が変わっちゃうのかなとか思ったらしいんですけど、来てみて『新しいけど懐かしい。落ち着く』って。そう言ってくれると嬉しいですね」(奥さま)
 
M夫妻が取り組んだ、最初で最後の家づくり。家の基本設計から完成までは約1年半かかった。

「非常に長いんですが、そのプロセスがひとつひとつ面白かったし、業者さんと話しながら、できあがっていくのを見るのが楽しかった。お金を出すんだから、楽しまなきゃ損だと思うんです。住んでからも楽しいけど、つくっている最中も楽しい。自分で家をつくるっていうのは、そういうことじゃないですか」(ご主人)


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夕暮れ時のウッドデッキ。灯りがともると一段と風情がある。夏、このウッドデッキでビールを飲むのがご主人の楽しみ。布団や衣類などの虫干しをする場としても活躍。


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千葉県 Mさんの住宅

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左:辰野久志(たつのひさし) 右:辰野峻也(たつのしゅんや)

■設計監理/シンク設計事務所/辰野久志・辰野峻也/茨城県取手市
■写真/松美里瑛子
■取材/弘中百合子・武藤昌一 記事/弘中百合子



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