建築家と建てる贅沢な注文住宅 - オープンシステム

鳥取米子/土井正隆

体験手記――――――土井正隆


出雲郷の住宅の記録
インターネット世代の
CM分離発注家づくり


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家を建てようと思いたったとき、
インターネットは欠かせない道具となったが、
「出雲郷の住宅」の建て主も、家づくりの体験談を集めたり、
自分の好みにあった材料を探すのに活用した。
また、設計監理を担当した私自身、インターネットを利用して、
職人たちがスムーズに仕事ができる仕組みをつくった。
CM分離発注の可能性は、
インターネットの有効活用で何倍にも広がる


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出雲郷(あだかえ)の住宅 島根県東出雲町
■設計監理/山中設計/土井正隆/鳥取県米子市
■撮影/スタジオFACE 古川誠

■建物概要
家族構成/夫婦+子ども2人
建築場所/島根県八束郡東出雲町
敷地面積/414.27㎡(125.32坪)
延床面積/162.48㎡(49.15坪)
構  造/木造軸組工法(2階建て)
竣工年月/2007年1月


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家を建てようと思いたったとき

「出雲郷」と書いて「あだかえ」と読む。大社で有名な出雲市とは違う。出雲市の東方約40㎞に位置する地域を昔の人は「あだかえ」と呼んでいた。

「出雲郷の住宅」のMさんも、インターネットを活用して家づくりの情報を集めた。検索しているうちに、「みゃんのおうち」や「オミノイエ」というホームページを見つけて、山中設計やオープンシステム(CM分離発注方式)を知ることになった。


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左:「みゃんのおうち」。2003年に竣工した「M邸」の奥さまがつくるホームページ。家づくりのパートナー選びからはじまり、設計中・工事中の過程を公開している。お話上手の奥さまは、やはり文才もお持ちで、楽しくわかりやすく紹介されている。
中:「オミノイエ」。2005年に竣工した「会見福里の家」のご主人がつくるホームページ。工事中の建築記録を写真と合わせてわかりやすく公開している。竣工後はガーデニングやD.I.Yに挑戦。プロ顔負けの出来栄え。
右:「団塊世代の人生日記」。2003年に竣工した「日南の家」のご主人がつくるホームページ。工事中は、解体作業や柱・梁の塗装など、セルフビルドにチャレンジ!


「米子市と出てくるので、おや、近くだぞっ! と思いました。よく調べてみるとオープンシステムというやり方にも興味をひかれたし、なにより山中設計がはじめた手法だということで、安心感もありました」とMさんは話してくれた。



建て主の家づくりホームページ

山中設計は、1992年からオープンシステムを行なっている。これまでに100棟近くの実績を山陰地方につくってきた。

そうした実践の中から、「みゃんのおうち」や「オミノイエ」、「団塊世代の人生日記」のような、建て主が自らの家づくりを紹介するホームページがいくつも生まれた。それらは、貴重な実践資料として次の建て主に読まれている。

「『オミノイエ』さんの駐車場を参考に…」とか、「あそこに書かれている材料を見てみたい…」など、建築計画中の建て主との打ち合わせでは、そういう言葉がどんどん出てくる。なかには、「どうして知っているんですか?」と逆に聞くような細かい内容まで。

私が思っていた以上に、建て主はこういった生きた資料であるホームページを参考にされていて驚かされる。


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インターネットで探した材料を自分の家に使える

ネット上には多くの素敵なデザインが存在し、この材料の組み合わせでこんな具合に仕上がるのだというサンプルが、簡単に入手できる。さらに、以前は専門家でしか知りようのなかった玄人好みの材料も特性や長所・短所、使用例などを調べて、自分の好みに合わせて発注し、現場に支給することも可能だ。

しかし、実際に使いたいと思っても、一括発注ならば、難しいのが現状だ。施工の調整がつかず不可能だったり、追加工事で割高になったりして、なかなか自由にはならない。

「できません、と言われるのはおかしいと思います。ホームページで調べると、実際に使っている人がいるし…。CM分離発注だとそういうしばりに捕らわれなくてすむのが魅力ですね」と「出雲郷の住宅」に自分で発注した材料を使ったMさんは話してくれた。


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リビングにホームシアターをご希望。必要なときにスクリーンを降ろして100インチの大画面で映像が楽しめる。「アニメがはじまると子供たちが大騒ぎになります」とMさんも満足そう。



建て主が自ら発注した 低温水床暖房

Mさんは、宝の山のインターネットからいろいろなものを探した。そのうちの1つが、低温水床暖房。メインの暖房は床暖房にしたいと最初から要望があった。深夜電力を利用した蓄熱式のものを調べたりしてみたが、どれも一長一短、決め手に欠く。

ある日Mさんから「これはどうでしょう?」とメールをもらったのが、富士環境システムの低温水床暖房「うらら」だった。この「うらら」の特徴は、長時間座っていても肌との接触面が35℃以上にならない。流す温水の温度が一般的なものよりも低く抑えてあるためだ。

なによりもMさんが気に入ったのが、床暖房専用の床材を使用する必要がないため、無垢の床材を使用できること。座っているとだんだん暖かさが伝わってきて、無垢の檜の肌触りと相まって自然の気持ち良さが感じられる。

床暖房は身体が触れる部分を直接暖めるので、室内全体を暖めるヒーターなどよりも効率よく暖房ができ、低温でも十分暖かく感じられるのだ。


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低温水床暖房の循環パイプは、温水が冷めないように断熱材で保護されている。しかし、床下の温度が下がれば、ある程度は温水の温度も低下する。低温水床暖房の効果を安定して発揮させるためには、床下の冷気に循環パイプが直接触れないようにしなければいけなかった。

そこで、床下にセルロースファイバー断熱材を充填することをMさんに提案した。壁・屋根の断熱もセルロースファイバーで行なった。工事は真夏だったが、施工後は暑さが少し和らぐような感じがして、その効果を実感することができた。



照明器具の分離発注

見積り段階で予算内に収まらず、Mさんと相談していたとき、見積りで大きなウエイトを占めていた電気工事のコストダウンができないか、ということになった。そこでさらに、電気工事と照明器具を分離発注することにした。

Mさんも、「照明器具などはネットで気に入ったものを使いたいと思っていたので、電気工事店とどのくらい価格が違うのか、比べてみたいと思っていました」とのこと。

電気工事店に、①照明器具の代金を含む工事金額と、②建て主が照明器具を支給した場合の電気工事費の、2種類の見積りをお願いした。

照明器具はネットで探し、照明・netのサイトで見積りをとった。このサイトは定価からすると5~6割引きの値段で商品が購入できる。

両方の見積りがでてきて、比較してみると、照明器具を分離発注したほうが約5万5000円安いという結果になった。


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低温水床暖房「うらら」富士環境システム。一般的な温水式床暖房よりも25℃低い40℃~55℃の循環水を使うので、長時間使用しても低温やけどの心配がない。


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セルロースファイバー断熱「ダンパック」。古紙が原料の細かい繊維と、間に入る空気の層が重なって断熱効果と吸放湿効果を生む。


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「いえリンク」。家づくりの体験談を掲載しているHPを集めたサイト。


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「住宅設備ナビ」。住宅設備全般に関する情報が入手できる。




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吹き抜けのリビングには、上下の空気を循環させるため天井キャットウォークにシーリングファンを設置。これはMさんが米国から直輸入したもので、日本で買う金額の1/3程度で購入できた。



分離して費用を省く

好きな照明器具を自分で自由に選んで、約5万5000円のコストダウンはありがたい。照明器具が壊れた場合は自分でメーカーに送ればよいのだから、ネット発注でいきましょう、ということになった。

中間のコストを省くというオープンシステムの考えは、まず一括発注方式を分離発注にすることからはじまった。今回の試みはその分離した工事をさらに細分化しようとするもの。工事全体からすると、細分化することで複雑になるが、建て主からみると、かえってわかりやすくなるようだ。


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現場のコミュニケーションツール

オープンシステムの家づくりは、建て主が直に専門業者に工事を発注する。そのとき、私たち建築士は建築の専門家ではない建て主に代わつて、次の業務を行なう。

①見積要網書の作成
②工事業者への呼びかけ、説明
③見積書の比較検討
④工事業者の選定
⑤設計図面と施工内容の照合

こういった方法について、建て主も、書籍『価格の見える家づくり』を読んで勉強して来られるし、工事に関わる専門業者も建て主から直接仕事を請けるというやり方を理解していた。

個々の理解は済んでいたが、難しいのはそれを結びつける方策だ。あれだけ多数の人が関わる現場なのだから、円滑に橋渡しできるコミュニケーションツールが必要だと感じた。

Mさんは分離発注の建て主として、インターネットをうまく利用されている。現場でも活用できないか? 建て主の利益に繋がるような、円滑な橋渡しができないだろうか。現場の仕組みを変えて、手間をかけずに監理が行なえないか、と踏み切ったのがインターネットの現場利用だった。


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現場メーリングリスト

まず、工事に関わる全員が参加するメーリングリストをつくった。Mさんからのダメ出しもすべてオープンになるので、少し心配だったが、それにもまして収穫は大きかった。

Mさんから収納を変更したいとのメールが来る。そこで、図面を描き換えて、このようになら変更できます、と添付して返信した。このやりとりをメーリングリストで見た大工さんが、次の日「こんなふうにしかできないけど、どうする?」と相談がある。

現場の職人さんにとっては、建て主が建築士に相談している経緯が理解できるので、一体で工事を進めている感覚が生まれる。建て主にとっては、自分の要望が直接工事業者に公開されるので、工務店の営業マンに変更を交渉するような感覚とは違った、分離発注の体制が見えてくる。

このメーリングリストで、建て主・建築士・職人の3者が情報をみんなで共有できるようになった。それぞれが工事全体を把握できるので、以前あったような、認識のずれや誤解が生まれにくくなった。


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日当たりの良い南側のウッドデッキ。夏の強い日差しを避けるために、少し大きめのオーニングを設置した。



現場ホームページ

次に「出雲郷の住宅」専用の現場ホームページを作成し、工事報告及び工程表を毎日UPするようにした。メーリングリストに報告し、チェックを促す。特にタイムリーなチェックが必要な電気工事業者には、現場に確認に行く回数が減るといって喜ばれた。

また、最新の図面をUPして、必要なときに必要な人がダウンロードできるようにした。工程表同様、変更等があれば変わっていくものだから、常に新しい図面を工事業者に渡せる。

現場でのインターネットの利用は予想していたほど難しくなかった。「情報の交換や共有」といったネットの持つ特性がそれだけ我々の生活に馴染んできているのだろう。そして思っていた以上に効果的であることもわかった。

建て主も専門工事業者もCM分離発注に対する認識をより深めることができたと思う。


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筆者のHP「建築の値」 「出雲郷の住宅」の工事報告を掲載(現場ホームページは非公開)



CM分離発注の可能性

完成後、MさんがGoogle SketchUpというソフトで描いた「出雲郷の住宅」を見せてもらった。Mさんからは、着工前にも外観のイメージとして、CGをもらっていた。すばらしい完成度だったので、職人さんたちとの打ち合わせにも使わせてもらった。職人さんたちにもイメージがよく伝わったようで、ほとんど変わらない外観に仕上がった。

このGoogle SketchUpは、フリーソフトで誰でも利用できる。しかも、つくったデータをGoogle Earth上に移植して、周りの建物と一緒にぐるぐる回し、建築後の景観を確認できるようになっている。「ここまでできるの!」と一緒に見せてもらった大工さんと2人で感心した。


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左からMさん、浜田大工、筆者。Mさんが描いたCGを観ている。


インターネットの技術革新はどんどん進化して、専門家と一般の方の垣根をますます低くしている。プロにしかできなかったことが、そうでもなくなってきた。これからはインターネットを利用した建て主からの発信が多くなるだろう。受け入れる建築業界側の体制は整っているのだろうか? 旧態依然とした方法では難しいであろう。

今回インターネットは、家づくりに積極的に取り組む建て主の強い味方になり、建築現場を円滑に進めるツールとして活躍した。CM分離発注は、インターネット世代の建て主のニーズに一番柔軟に対応できる発注方式だと再認識できた。

今後の課題としては、携帯電話でのインターネット利用を考えている。工事業者の中には、インターネットの環境が整っていない人もいた。そこで、より身近な携帯電話でのメーリングリスト利用や、写真付きの現場報告など、施工者側から建て主への情報発信を活発にしていきたい。
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外観の完成写真


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着工前にMさんからもらったCG。壁の感じや屋根の色など、建て主の具体的な希望がよくわかる。現場HPで専門工事業者にも紹介し、CGとほとんど変わらない外観に仕上がった。


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Google SketchUp で描かれたMさんの自作CG。上下左右と回転させて全体の外観が確認できる。さらに内部をつくりこんで、縦・横・斜めに切って断面図も作成できる。家の完成後、「今度は家づくりの記念に」と、Mさんは「出雲郷の住宅」を細部に至るまでCGで描きおこしていた。




体験手記

出雲郷(あだかえ)の住宅 島根県東出雲町
■設計監理/山中設計/土井正隆/鳥取県米子市
■撮影/スタジオFACE 古川誠



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